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佐村河内守さんの騒動についておもしろく見ています。落ち武者で影武者で鬼武者だった、ってやつね。ドアーズ大好きで、ロック歌手としてデビューした経験があるという佐村河内さんが、新垣さんというとびきり人の良さそうな音楽家へ金を払って曲を書かせていた……いわゆるゴーストライターの問題とか、耳の障害うんぬんといった話はともかく、佐村河内さんが音楽家か否か、という点については切り分けて論じたほうがいいですよね。さもないと、ただちに自分のお尻に火がつきかねないミュージシャンとか画家とか作家とかそれこそたくさんいるだろうし。

ただ、この一連の騒動は、佐村河内さんが新垣さんに渡していたという作曲の指示書ほどおもしろいとは思えない。というか、この指示書にとんでもなく興味を惹かれる。ぼくはクラシック音楽の作曲法についてはまったくの素人ですが、大学で作曲を教えるほどの専門家だった新垣さんにとっても、こんな方法で音楽を作ることは、それなりにエキサイティングだったんじゃないか、と想像できます。そうじゃなきゃ、18年間にもわたってパートナーとして作り続けられるとは思えないもの。むしろここまで細かくイメージをふくらませ、指示を書けるなら、新垣さんという音楽的媒介を通さなければよかったのかもしれない。少なくともあの指示書をそのまま楽譜としてミュージシャンに演奏させれば、こんなスキャンダルにはならなかったはず───佐村河内さんが彼の音楽を通して得たかったものは、半分も手に入れられなかったかもしれないけど。

おそらく震災以降、佐村河内さんの音楽として世の中に出ていた自分の音楽が、新垣さんにとって手に負えないほど大きく、デモニッシュな、怪物的存在になってしまったんでしょう。そんなことでもなければ、新垣さんはそれなりの決意で乗り込んでいたボートから、自分だけ先に降りるような真似はしなかったんじゃないかな、と会見を見ていて感じました。佐村河内さんへの復讐心とか懺悔の気持ちというよりも、新垣さんが不本意にも産み落としてしまった怪物を葬り去るための最終手段こそ、この告白劇じゃなかったのかな。溶鉱炉の中へ飛び込み、親指を突き立てながら消えていったターミネーターのように。アスタ・ラ・ビスタ、ベイビー。

それにしてもあの指示書はおもしろいです。いろんな音楽家にあの指示書を渡して作曲してもらえばいいのに。著作権を誰が持つことになるのかわからないところもふくめておもしろい。ちなみに下の画像は電子音楽の代表的作家シュトックハウゼンが書いた「Microphonie」の楽譜と、Anetis Logothetisというギリシャ人作曲家が書いた「Kulmination」の楽譜です。

micorphonie


ハチャメチャな楽譜を書く現代音楽の作曲家は他にも山ほどいるので、眺めて音楽を想像すると楽しいかも。もちろん自分で書いてみるのも楽しいと思う。ひょっとしたらその作品で思ってもみない名声やお金が手に入らないともかぎらない!

diagonal thoughts – The Order of Sounds
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