唖然、呆然。
 テレビドラマ史……いや、映像史に残る60分間じゃないのかな??
 放送終了後、このコラムをいつも楽しみにしてくれている友人から「ミズモトさん、今週はこの難題に取り組むのですね。南無。楽しみにしてます♥」と激励だかなんだかわからないメールが速攻で届いた(笑)。

 頭と心を落ち着けながら、順を追って書いていくことにしよう。
 今回のエピソードは大きく5つのブロックに分けられる。メインキャストで登場するのは黒クーパーと巨人のみ。従ってエンドロールも短め。

●サウスダコタ州のどこかの森

 
 ブラックヒルズの刑務所を堂々と”脱獄”した黒クーパー。相棒のレイと共に<FARM(農場)>と呼ばれる場所へ向かっている。
 彼らの乗った車に三つの追跡装置が取り付けられていることを黒クーパーは見破る。所持していた謎の端末でそれらをすぐに解除。

 クーパーはレイだけが知っているという”情報”(どこかの”座標”。第2話の食事シーンの会話や、モーテルでダーリャを殺害するシーンの台詞で触れられていた。ヘイスティングス校長の秘書からレイが聞き出す約束だった)を欲しがっている。
 レイは<FARM>へ向かう横道で、小便をすると言って車を停車させる。
 黒クーパーはダッシュボードに入っていた拳銃(前回、所長に指示していた「”友だち”を入れておけ」とはこの拳銃のことだったのだ)を取り出し、レイの後を追う。
 しかし、レイはクーパーの行動を読んでいた。銃に仕掛けがしてあって、発砲することができない。レイは隠し持っていた別の銃で撃つ。地面に倒れこむ黒クーパー。

 ところが闇の中から、真っ黒のホームレス風の男たち───前回バックホーン警察署のなかをうろついていたり、<悪魔たちの集会>にも参加していた───通称:ウッドマンが数人出現。クーパーの遺体のまわりで奇妙なダンスをしたり、クーパーの身体に吹き出す血をベタベタ塗りたくる。
 やがて、黒クーパーの体のなかから奇妙な嚢胞のような物体がはみ出す。
 その物体の表面に一瞬だけボブの顔がオーバーラップする。このあいだ鏡を見ながら「まだそこにいるようだな」なんてつぶやいてたけど、こんな物理的に入ってるとは思わなかった(笑)。

 たじろいだレイは慌てて、もときた道を車で逃走する。
 ウッドマンたちの姿が消えると、死んだはずの黒クーパーがムクリと起き上がる。あっという間に復活だ。

 逃走中の車からレイがどこかへ電話している。
 相手はフィリップ。
 フィリップ・ジェフリーズ(=デヴィッド・ボウイ)だろうか。自分が目にした一連の出来事を報告するレイ。
 レイはなんらかの理由でジェフリーズ捜査官に協力していて、黒クーパーの片棒を担ぎながら、彼を葬ろうとしているのかも。 あるいは、50万ドルの懸賞金で黒クーパーを葬り去ろうとしている黒幕がフィリップなのか。
 出所したてのレイが拳銃や携帯を所持しているのも、よく考えたらおかしい。
 このタイミングで彼にそんなものを渡すことができるのは所長だけだ。
 黒クーパーに弱みを握られていると思っていた所長も、レイやジェフリーズ、あるいはゴードンたちと協力して、黒クーパーを倒すために動いている可能性もある。

●バン・バン・バー

 黒人司会者が登場し、ナイン・インチ・ネイルズの演奏がスタートする。
 昨年リリースしたシングル『Not The Actual Events』収録の「She’s Gone Away」だ。

 ナイン・インチ・ネイルズは2014年8月以降、活動を休止していたため、このバン・バン・バーの舞台がひさびさの復活ライヴだ。
 フロントマンのトレント・レズナー、ギタリストのロビン・フィンク、キーボード&エレクトロニクスのアレッサンドロ・コルティーニ、ドラマーのアイラン・ルービンに加え、先日正式メンバーとなることが発表されたアッティカス・ロスとトレント・レズナーの嫁、マリクイーン・マーンディグがコーラスで参加。これは今夏スタートしたツアーのメンバーでもある。

 トレント・レズナーは『ロスト・ハイウェイ』のサントラをプロデュースし、2013年、リンチがそのお返し(?)にナイン・インチ・ネイルズの曲「Came Back Haunted」のPVをディレクション。

 強烈な光の明滅に圧倒されて、あまりちゃんと見たことなかったんだけど(笑)今回の新シリーズに繋がるような、デジタルとアナログが融合した映像になってる。
 で、この「She’s Gone Away」も、ひょっとしたらこの新シリーズ出演ありきで作られたのでは? と思いたくなるような、雰囲気もどんぴしゃの作品。
 一番の歌い出しはこうだ。

You dig in places till your fingers bleed
Spread the infection, where you spill your seed

指先から血が出るまでおまえは地面を掘る / お前が種子をばらまいたところから感染は広がっていく

 で、次に二番のあたま。

A little mouth opened up inside
Yeah, I was watching on the day she died

小さな口がぽかんと開いていた / そうさ、彼女が死んだ日、俺はずっと見ていた

 サビは「彼女は死んだ、彼女は死んだ、彼女は逝ってしまった」。
 サウンドだけでなく、歌詞もドラマの中身と非常にシンクロしている。

●ニューメキシコ州ホワイトサンズ

 1945年7月16日のニューメキシコ州ホワイトサンズにシーンは飛ぶ。
 ついに場所だけでなく、時代まで遡ってしまった!

 ここから5分間も費やして、人類初の核実験「トリニティ実験」を、これまでのリンチ作品には例を見ない精密なCG映像で再現してみせる。

 午前5時29分。
 拡声器からカウントダウンの声が響いている。
 カメラは鳥か神のような目線で、実験場の”核”となる場所へ、ゆっくりゆっくり近づいていく。

 5…4…3…2…1…0

 爆発の瞬間、画面は一瞬ホワイトアウトする。
 しかし、カメラは何事もなかったかのように接近を続けている。
 画面の中央に小さなキノコ雲が立ち上っていく。
 雲は時間と共に大きく成長し、地上には爆風で巻き上がった土煙が波紋のように広がる。

 カメラはやがて雲の中に吸い込まれていく。
 巻き上がる炎と煙。そして塵。

 これはまさしくリンチ版の”Star Gate from 『2001年宇宙の旅』。

 あるいは実験映画界の巨匠、スタン・ブラッケージへのオマージュか。

 第3話でクーパーが飛行していた異空間は、宇宙ではなく、このキノコ雲のなかだったのかもしれない。

 爆音など、いっさいの効果音などが排除された代わりに、ポーランド人作曲家クシシュトフ・ペンデレツキの書いた弦楽合奏曲「Threnody to the Victims of Hiroshima(邦題:広島の犠牲者に捧げる哀歌)」が流れる。

 ペンデレツキは1933年にポーランド生まれ、ナチスドイツの迫害下のクラクフという街で育った。
 クラクフはかの有名なオスカー・シンドラーが経営する工場のあった場所だ。

 この曲はもともと「8分37秒」というタイトルだった。
 ペンデレツキ自身、戦争の悲惨さを身をもって知る人物だったけれど、この曲は広島や原爆を念頭に書いた作品ではなかった。

 1960年、フィテルベルク作曲コンクールに応募するため、たった2日間で書きあげたが、実際に演奏してみると8分26秒だったので、「哀歌 8分26秒」と改題。
 その後、1961年にユネスコ国際作曲家トリビューン賞へこの曲を録音したレコードを提出する際に、ポーランド放送局のヤシンスキーという人物から「題名、安易じゃない?」と意見されて、現在のタイトルに再変更。
 要するに広島うんぬんは完全なるあと付け。
 しかも、 このときニューメキシコで試された原子爆弾は、広島に落とされた通称”リトル・ボーイ”のほうではなく、長崎に落とされた”ファットマン”と同型のものだ。

 24台のバイオリン、ヴィオラとチェロが各10台、コントラバスが8台……以上、52本の弦楽器だけで演奏される、この複雑怪奇な曲の楽譜をアニメーション化した映像がこれ。
 
 そんなわけで、タイトルこそあと付けだが、ペンデレツキの代名詞でもあるトーンクラスターや、ストリングスをかきむしるようにして出した超高音などを駆使し、炸裂する原子爆弾の閃光と白熱を表現するために書かれた、と言われたって、完全に納得できてしまう。
 
 ぼくが初めてこの曲を知ったのは、アルフォンソ・キュアロンの映画『トゥモロー・ワールド』だった(ぼくのおすすめ映画10指に入る大傑作)だったのですが、ペンデレツキの音楽は映画と親和性が高く、特に彼の名をクラシック/現代音楽ファン以外に知らしめたのは、スタンリー・キューブリックが『シャイニング』のサントラに、もう一つの代表曲「ポリモルフィア」を使用したのが大きなきっかけではないだろうか。

 こちらも、ホラーやサスペンス映画の音楽はかくあるべし、といった曲。
 もちろんペンデレツキはそんなことはいっさい念頭に置いて作っていないけれど、彼のこの作風が、そうした映画の劇伴の手本となったのは、まちがいありません。

 実はキューブリックより先に映画音楽としてペンデレツキ作品を使っていたのが、かの有名な『エクソシスト』(1974年)。
 監督がウィリアム・フリードキンに決まる前、この作品を撮りたいと熱望していたのが、じつはキューブリックだというのも、何かの因縁。

 リンチももちろんペンデレツキの音楽の大ファンで、2006年の作品『インランド・エンパイア』では全面的に彼の曲を使用したほか、ペンデレツキの母国ポーランドで撮影も行っている。

 数年前にはレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドがペンデレツキ御大と共演アルバム『Threnody For The Victims Of Hiroshima | Popcorn Superhet Receiver |Polymorphia | 48 Responses To Polymorphia』を出していて、そこにも「広島の犠牲者に捧げる哀歌」「ポリモルフィア」はペンデレツキ本人がタクトを振ったヴァージョンが収録されている。

 ちなみに「ポリモルフィア」は、ポリモルフィアとは”多形性”という意味を表すギリシャ語で、医学や科学の分野で広く使われている。
 また、作曲の際にはペンデレツキの出身地クラクフにある”Kraków Medical Center”という病院の入院患者に「広島の犠牲者に捧げる哀歌」を聞かせ、患者の脳波を取り、それを楽音に変換したパートを取り込んでいる。

 ───話を本編に戻そう。
 キノコ雲の爆発が続くなか、給油スタンド付きのコンビニが唐突に映る。
 同時にペンデレツキの音楽も止まる。

 店のなかから煙が吹き出し、店の周囲を取り囲むかのように、10人ほどに増えたウッドマンたちがうろつきはじめる。
 この場面は、カンヌ映画祭で特別表彰を受けたこともあるオーストリア出身の映画監督ペーター・チャーカスキー(Peter Tscherkassky)の代表作「Outer Space」を彷彿とさせる。

 第3話のNaidoのシーンの解説で紹介した、マーティン・アーノルドの作品同様、チャーカスキーの映像もファインド・フッテージの手法で作られていて、モノクロの映像をめまぐるしくカットアップすることで、時間の感覚や人間の挙動が持つ意味などを解体している。
 リンチはこのシーンで同じような編集を施すと同時に、閃光(フラッシュ)やスモークの効果も加えることで、眠っていたウッドマンたちがトリニティ実験によって目覚めてしまったことを暗示する。

 ふたたびカメラは闇の中へ。
 目鼻のないヒト型の存在が中空に浮いている。
 ニューヨークのガラス箱の中に出現し、アホカップルの頭部をグチャグチャに破壊したあいつに違いない。
 第3話で現場に残された画像をタマラに見せられたゴードン・コールが思わず「こりゃなんだ!(What’ The Hell!!)」と叫んだあいつ。
 静止画をよく見ると、左腕だけがネジ曲がっていて(ローラもダギーも左腕の異変を訴えてましたね)、頭には2本の角のようなものが生えています。

 第2話でクーパーがダーリャに見せていたトランプの絵柄に似ているような……。

 第1話のクレジットでは”Experimental Model”。今回のクレジットだと”Experiment”。演じているのはErica Eynonという女性。調べるとこんなセクシーな人なんですけどね。ダンサーとかなんでしょうか?

 そして、このExperimentの口の中から煙のような、あるいは吐瀉物のようなものを吐き出す。
 煙のような物体の中には無数の卵のようなものが含まれている。
 先ほど黒クーパーの腹からはみ出していた、ボブの顔が透けた嚢胞も、卵と一緒に吐き出されて、どこかへ飛んで行く。

 これがまさにボブの誕生の瞬間だ。
 つまり、ボブは”アトムの子”だったのだ。

 ふたたび映像は湧き上がる炎に切り替わる。ペンデレツキの音楽もふたたび流れる。

 画面はカラーに変わり、吹き上がる紅蓮の炎の中から、金色の塊が飛び出してくる。
 ダギーが赤い部屋に召喚され、緑の指輪を残して姿が消滅したとき、ソファの上に残っていたのも、金色の球だったな。

 そしてカメラは金の塊のなかに入っていく。
 その先に現れたのはNaidoの居所のまわりにもあった紫色の大海原。
 しばらく大海原の上を移動すると、島が見えてくる。
 天に向かってそそり立つ、やけに尖ったかたちの島だ。

 トリニティ実験の行われた場所が、今では国立公園になっているのですが、そこに建っているモニュメントとこの島の形がとても似ている。

 その頂上には巨大な城郭のような建造物が築かれている。


 この建造物を見て、ドイツのポツダムにある「アインシュタイン塔(Einsteinturm)」をぼくは思い出してしまった。
 1921年にエーリヒ・メンデルゾーンによって設計された、ドイツ表現主義を代表する建築物だ。
 当時としてはまだ新しい建材だったコンクリートで作られていて、アインシュタインの一般相対性理論から結論される「太陽スペクトルの南方偏位」を観察する目的で作られた。
 てっぺんのドーム型の部分から入ってくる太陽光線を建物全体でスペクトル分解する<塔望遠鏡>なのだ。

 アインシュタインが特殊相対性理論で導き出した<E=mc2>という方程式が原爆のエネルギー計算に利用されたこと、あるいは、このアインシュタイン塔の立つポツダムという場所も、ハリー・トルーマンがスターリンに、トリニティ実験の成果を非公式に伝えた場所として知られている。
 そういえば、 トリニティ実験を承認したアメリカ大統領はハリー・S・トルーマン。ツイン・ピークスの保安官の名前もハリー・S・トルーマン。これは偶然の一致なのか、それとも意図してのことなのか?

 建物へカメラはどんどん近づいていき、外壁に開いている小さな入り口から中へ入る。
 すると、アール・デコ風の部屋がある。
 室内にはランプや蓄音機、てっぺんにふたつの電極がついた高さ3メートルくらいの金属製の釣鐘のようなものが置かれている。
 部屋の雰囲気はNaidoやロネットそっくりの女性(クレジットではアメリカン・ウーマン)がいた部屋にも似ている。
 ここはブラックロッジに通じる待合室のような場所かもしれない。

 ソファに女性が腰掛けている。
 女の名はクレジットによるとセニョリータ・ディド(Dido)。
 Didoは女性名だが、おふざけ、とか、騒ぎ……といった意味を指す名詞でもある。
 ディドは派手なメイクアップをし、オペラ歌手のような華麗なドレスを身にまとっている。

 蓄音機からオールドタイミーな音楽の断片がループで鳴っていて、ディドはそれを聴きながら、静かに身体を揺らしている。
 Shazamで調べると、リンチとファーレーが共作した曲で、タイトルは「Slow 30’s Room」。
 日本でも今月末にリリースされるサントラ『Twin Peaks(Limited Event Series Soundtrack)』に収録されている。
 つまり”ゆったりとした1930年代の部屋”という意味か。なるほどね。
 アール・デコは1920年ごろが全盛期で、1930年代に入ってすぐ、アール・デコの最後の徒花、クライスラー・ビルディング(1930年完成)や、エンパイア・ステート・ビルディング(1931年完成)などが完成したあと、大恐慌の時代を境に、あっという間に衰退した。そして旧時代の悪趣味な装飾主義と蔑まれ、批判の対象となった。
 巨人たちの部屋には、そんな戦前のアメリカの豊かさの象徴であるアール・デコの様式がシンボライズされ、いっぽうで、原爆によって生みだされた、戦後の豊かさの象徴であるデニムを全身に身にまとうボブと対比させるイメージになっているのかもしれない。

 さて、ディドのいる室内に置かれた釣鐘状の物体の先端に、電極が二つ付いている。
 その電極付近が点滅すると、アラームが鳴りはじめる。
 すると釣鐘の陰からタキシードで正装した巨人が姿をあらわす。

 巨人はウェイティングルームを出ると、大きな階段を上がり、劇場のような場所に行く。
 ここにも巨大な釣鐘型の物体が、客席部分に置いてある。

 劇場の雰囲気はリンチのフェイバリット・アーティスト、エドワード・ホッパーの絵「Two on the Aisle」を思い出させる。

Edward Hopper “Two on the Aisle”

 舞台上のスクリーンに先ほどぼくたちが見たのと同じトリニティ実験~蠢くウッドマンたちの映像が映し出される。それを見入る巨人。そして映像はボブの入った”卵”のシーンで静止する。
 すると、巨人はフワフワと中空に浮かんでいく。
 ディドも劇場にやってきた。
 浮かんだ巨人の額から金色の光が放出される。クーパーが大当たりを出したジャックポットの機械や、保険会社の書類などに浮かび上がった光と同じものだ。
 その光景を見て、満足そうな笑みを浮かべるディド。
 やがて金色の光は樹木のような形に成長していき、中からボーリングの玉くらいの大きさの金色のオーブが現れる。
 ディドがそれを両手でキャッチして、中を覗き込むと、そこにはローラ・パーマーの笑顔が浮かんでいる。
 オーブに口づけをするディド。

 ディドが手を離すと、オーブは劇場の天井あたりに伸びていた金色のダクトの中に吸い込まれていく。
 スクリーンには地球が写っている。北米大陸と南米大陸が見える。
 ダクトから放たれたオーブはスクリーンの中の地球に向かってゆっくり飛行していく~おそらくはツイン・ピークスへ向かって。

 また、この劇場のシーンではさっきの「Slow 30’s Room」から、別の音楽へ変わっていて、さっきと同様にShazamでチェックすると、タイトルは「The Fireman」。
 要するに巨人の役割が”The Fireman(消防士)”なのだ。
 なるほど、巨人のクレジットがずっと「???????」となっていた理由は、これを伏せたかったのだな。
 火を放つもの=ボブやExperiment、火を消すもの=巨人、ディド。

 トリニティ実験によって、そこから生み落とされた究極の火=悪こそが”ボブ”。
 それに対抗するために巨人たちが生み出した善なる存在=水=ローラ・パーマーだということ。
 彼女はそういう宿命を持って生まれ、ボブに殺される運命にあった。
 オリジナルシリーズから追求されてきた「誰がローラ・パーマーを殺したか?」という命題の最終結論が、ここで提示されたのだ。

●1956年、ニューメキシコ砂漠

 それから11年が経過。
 夜の砂漠。砂の上に落ちていた卵が割れて、中から蛾のような、ゴキブリのような、カエルのような奇妙な生き物が孵る。


Edward Hopper “Gas”

 先ほどウッドマンたちがうろついていたガソリンスタンドの前を、ティーンエイジャーのカップルが歩いていく。
 きっとデート帰りなのだろう。
 このガソリンスタンドもじつにエドワード・ホッパーの絵みたいだ。

 スタンドの前の路上で女の子(若いころの高橋マリ子ちゃんみたいでかわいい)が落ちていた1セント硬貨を見つける。
 オモテ側が上になった硬貨を拾うのは幸運の印らしい。
 1セント硬貨のオモテにはエイブラハム・リンカーンの肖像がレリーフされている。
 愛おしそうにコインを指で撫でる女の子。

 シーンが変わり、夜道を走行中の車の前に、ウッドマンたちが突如出現する。
 あわてて車が止まると、ウッドマンのひとりが窓を覗き込んで、運転席の中年夫婦にこう語りかける。
「火、あるか?(Gotta Light?)」
 恐怖で震え上がり、硬直して何も答えられない運転手。
 助手席の女は悲鳴を上げる。
 火、あるか? 火、あるか? と何度も質問を繰り返すウッドマン。
 車は慌てて逃げ出す。

 ふたたびシーンはカップルへ。
 男の子は彼女の家(相当辺鄙な場所にある)まで見送り、別れ際に二人は初々しくキスをする。

Edward Hopper “Summer Evening”

 この彼女の家も外観もエドワード・ホッパーの絵「Summer Evening」的だ。ホッパーの絵がリンチの美意識の血肉になっていることを感じる。

 火を貰いそこねたウッドマンは、砂漠の真ん中に立つ大きなアンテナのある建物へと近づいていく。
 そこはKPJKというラジオ局だった。
 ディスクジョッキーがプラターズの1956年の大ヒットシングル「マイ・プレイヤー(My Prayer)」をオンエアしている。

 日本では「オンリー・ユー」や「煙が目にしみる」で知られているプラターズですが、実はこの曲も全米ナンバーワンヒット。
 もともとはルーマニア人音楽家のジョルジュ・ブーランジェが1926年に作曲した「Avant De Mourir」という曲。タイトルの”Avant De Mourir”はフランス語で、直訳すると”死ぬ前に”。
 1939年に北アイルランド出身のシンガーソングライター、ジミー・ケネディが英詩を書き、同年にグレン・ミラーや、インク・スポッツといった人気グループが取り上げて、大ヒット。
 他にもさまざまなアーティストが取り上げてきたけれど、最大のヒットとなったのが、このプラターズのドゥーワップヴァージョンだった。

 で、1956年を代表するヒット曲というのは他にもたくさんあるのに(プレスリーが「ハートブレイク・ホテル」や「冷たくしないで」「ラブ・ミー・テンダー」などをヒットさせ、ドリス・デイが「ケ・セラ・セラ」でビルボードナンバーワンを取ったのも1956年だ)、なぜにプラターズだったのか?

 それはたぶんプラターズにデヴィッド・リンチという同姓同名のメンバーがいたのは大きいと思う(笑)。

 左から二番目がリンチさん。
 彼は結成当初からのメンバーのひとりで、1970年ごろまでグループに所属し、1981年に亡くなっています。
 さて、そんな偶然の一致を別としても、歌詞をじっくり読むと、『ツイン・ピークス』の物語ともリンクしているように聴こえてくる。


When the twilight is gone and no songbirds are singing
When the twilight is gone you come into my heart
And here in my heart you will stay while I pray

 夕暮れ時が終わる頃、鳴鳥たちは歌うのをやめ / 夕暮れ時が終わる頃、あなたは私のハートに忍び込む
 そして、わたしが祈っているあいだずっと、わたしの心のなかにあなたはとどまり続ける

My prayer is to linger with you
At the end of the day in a dream that’s divine
My prayer is a rapture in blue
With the world far away and your lips close to mine

 わたしの祈りとはあなたと一緒に生き続けること
 最後に見るとびきり素晴らしい夢
 わたしの祈りはブルーの悦び
 世界が遠ざかっていくとともに、あなたの唇がわたしに近づく

 ラジオから流れるプラターズのメインボーカル、トニー・ウィリアムズの伸びやかな歌声に、車の修理工場やダイナーで働く人々、そして着替えを済ませ、ベッドの上でキスの余韻を楽しんでいるあの女の子も耳を傾けている。

 タバコを片手にラジオ局に一歩一歩近づくウッドマン。
 実はこの役をやっているロバート・ブロスキーはリンカーンのそっくりさんとしてアメリカでは何本もの映画やドラマに出演している役者だ。

 『ツイン・ピークス』新作のプレミア上映会で撮られた彼のスナップもリンカーンそっくり。
 幸せの象徴であるコインの肖像と、悪の権化が同じ容姿をしているという仕掛けをリンチは施している。

 ウッドマンはラジオ局に入っていく。
「火、あるか?」
 書類の整理をしていた受付の女性が振り返る。
 驚いて大声を上げようとする女性の頭をウッドマンが掴むと、骨が砕けるような音がして、女の頭からは大量の血が流れ出す。

Edward Hopper “Office at Night”

 このラジオ局の女性の容姿、衣装もホッパーの絵「Office at Night」のオマージュ。ホッパー尽くし。

 次にウッドマンは「火、あるか?」と呟きながら、ラジオブースに侵入。ディスクジョッキーの頭を左で掴み、彼の頭も砕いてしまう。

 ウッドマンはレコードを乱暴に止め、マイクを掴んで語り始める。
「これが水だ、そしてこれが井戸。すべて飲み干し、降りていけ。この馬は白目で、中は闇」

 この短い詩のようなものを何度も何度も繰り返し語るウッドマン。先ほど巨人とディドのシーンで示唆された”火と水”の戦いのイメージがここでもリフレインされる。

 ウッドマンの朗読を聞いていた修理工やウェイトレスはその場に倒れこむ。ベッドに腰掛けながら聞いていたあの女の子も眠りにおちる。

 砂漠から這いずり出てきたあの奇妙な生き物が、窓の隙間から侵入し、眠り込んだ女の子の口を開いて、体の中へと入っていった。
 このあたりの展開は村上春樹の『1Q84』に出てくるリトル・ピープルを思い出す。

 ひと仕事を終え、闇の中に消えていくウッドマン。
 何事もなかったように寝息を立てる女の子の顔。
 彼女の美しく穏やかな寝顔の上をこれまでで最も短いエンドクレジットが流れていく。


 ボブの誕生など、今回も事件はいろいろ起こったけれど、なんといっても奇妙な生き物を飲み込んだ女の子が気になります。
 1956年に彼女が15、6歳だとすれば、生まれ年が1940年くらい。
 ローラ・パーマー事件のあった1990年あたりで50歳前後。
 ローラの生年月日は『ローラ・パーマーの日記』によると1972年7月22日。
 ローラのお母さんのセーラは、頻繁にボブの姿を幻視したり、白い馬の幻影を見ていたし、年齢的にもだいたい合致するが、果たして……。

 振り返ると、オリジナルシリーズの第8話はシーズン2の幕開けで、第7話との間隔が約4ヶ月インターバルが空いていた。
 放送時間も90分あり、脚本はマーク・フロスト+リンチ、演出はリンチ。
 今回の新シリーズと同じ体制で作られたシリーズ屈指の名作だが、実はこの体制で作られたエピソードは、序章を含めた30本のなかに、たった3本しかない(序章、第2話、第8話)。
 オリジナルシリーズの第8話は銃撃されたクーパーがホテルの床に倒れたシーンから始まるし、今作も黒クーパーが撃たれた。
 また、巨人の初登場も同じ第8話だったことは単なる偶然だろうか?

 ペンデレツキ、エドワード・ホッパー、そして数々の実験的な編集手法などを組み合わせ、テレビドラマとは思えない凄まじい作品を作り出したリンチ。
 この余韻を引きずったまま、新シリーズもいよいよ折り返し地点。 
 アメリカではこの第8話がオンエアされたあと、一週間放送がお休みになったんですよね。
 さいわい日本では一週間後に続きが見られる。そういう意味ではラッキー。

 ───と思ったら、WOWOWも女子ゴルフ中継のせいで、一週放送がお休みになっていた! なんだよ! そんなとこだけアメリカの真似しなくていいよ!(涙)

P.S. どこかのファンがウッドマンに襲撃されたラジオ局”KPJK”をネットラジオとして開局しているのを発見(笑)。
こういう洒落っ気、大好きです。
http://kpjkradio.com/