今週は新シリーズの放送が始まって以来、初めてのパターン。あ、ドラマではなく、ぼくの話。
 初回放送日に新潟でイヴェント出演が入っていた関係で、深夜に打ち上げを終えてホテルに戻り、就寝前に半分、起きてから残りをスマホで視聴。帰宅後、録画していた吹替版を見ました。
 相変わらず登場人物が残酷な死に方をしたり、首のない遺体が草むらから発見されたり、重傷を追った女性が茂みから這いずり出てきたり、銃弾が飛び交うし、クラクションは鳴り止まないし……と、事件事故は多発したエピソードなのに、見終わったあとの感覚は妙に爽やか。
 なんでだろう……? としばらく考えた結果、ひとつの事実に突き当たったのです。それはいったい何か? 結論はもったいぶって最後に書こうと思う。

●ツイン・ピークスのどこかのトレーラーハウス

 3人の子どもたちがキャッチボールをして遊んでいる。カットはあえて割らず、飛びかうボールをひたすらカメラが追いかけるという、リンチにしては珍しいショット。
 ノンクレジットだが、いちばん年嵩の子どもはこのドラマの共同製作者であり、脚本担当のマーク・フロストの息子トラヴィスが演じている。フロストって、もう還暦越えてるのにローティーンの息子がいるってすごいな。
 さて、ボールを取りそこねたトラヴィス少年がボールを追って敷地を飛び出す。すると、目の前の森の中から血だらけの女が這いずり出てくる。
 その女はリチャード・ホーンにボコボコにされ、てっきり死んだと思ってたミリアム! 今度こそあのボンボンの悪事が暴かれるはずだ。

●ニュー・ファット・トラウト・トレーラー・パーク / ダブル・アール・ダイナー

 シェリーの娘ベッキーが携帯電話の向こうの相手にぶち切れて、尋常ではない金切り声を上げる。どうやらまた夫のスティーブンが無茶な注文をつけてきたようだ。
 レベッカは返す刀で勤務中の母に電話をし、車を貸してくれ、と頼む。スティーブンがいるどこかへ殴りこむつもりみたいだ。
 山積みの伝票整理で忙しそうなノーマにあとを頼んで、シェリーはレベッカの元へ車で急ぐ。

 それにしても、新作に出てくる女性たちのヒステリックなことと言ったら。
 フランク保安官の妻、リチャードにボコられたシルヴィア・ホーンなど、過剰に精神を昂ぶらせた女たちが次々と登場する。
 まあ、ツイン・ピークスにかぎらず、リンチ作品にそういった女性がよく出てくるのは特徴なんだけど。
 ヒステリックな女性に対するオブセッションは、最初期の短編『The Grandmother』から、すでに作品の核となっている。

 シェリーがベッキーたちの暮らすトレーラーハウスに到着すると、ベッキーはベッドの下に隠してあった銃を引っ張りだして、家を飛び出す。そして母親の車に乗り込み、スティーブンのいる場所へ向かおうとする。
興奮状態のベッキーをなんとか諌めようと、シェリーが咄嗟に取った行動とは……ボンネットに飛び乗ること(笑)。
 フロントガラスを叩き、なんとか娘の暴走を止めようとするシェリーの切迫した表情を、フロントガラス越しに正面から撮ったショットがシュールで、最高におかしい。

 このとき映しだされるシェリーの口紅、履いているハイヒールも真っ赤で目につく。
 
 奮闘むなしく車から振り落とされるシェリー。
 地面をゴロゴロ転がり、ハイヒールが脱げて天高く飛んでいく。落っことされたのが芝生だったので、膝と肘を擦り剥くだけで済んだ模様。
 騒ぎを聞きつけてすっ飛んできたのが管理人のカール。
 シェリーは彼にダブル・アールまで車で送ってくれるように頼む。快く引き受けたカールが犬笛のようなものを吹くと、おんぼろのフォルクスワーゲン・タイプ2がやってくる(第6話に出てきたあれ)。

 シェリーはワーゲンの後部座席からノーマに電話。
 シェリー「娘がどこかにいっちゃったの。どうしたらいい?」
 ノーマ「ボビーに相談したら?」
 カールがバンの車内に備え付けられた棚を開ける。中に一台の無線機が入っていて、彼はマイクを手にとって呼びかける。
 カール「マギー?」
 彼が使っている無線はツイン・ピークス保安官事務所に直接つながり、交換士のマギーと直接会話することができるのだ。
 マギーはカールの通報を聞くと、すぐさまボビーに繋ぐ。

 ブックハウス・ボーイズのことを覚えているだろうか。
 旧シリーズの第3話でトルーマン保安官(ハリーの方)がクーパーに正体を明かした自警団のこと。当時の主なメンバーはハリー・トルーマン、ホーク、ビッグ・エド(新作には未だ登場せず)、ジェームズ。
 ツイン・ピークスの治安を守るために結成され、正義感溢れる男たちが集った官民一体の非公式なグループ。
 名前の由来は彼らの根城が”ブックハウス”だから。こめかみのあたりから頬にかけて指をそっと走らせるのが、ブックハウス・ボーイズたちの挨拶である。
 ローラ事件の以前から、ブックハウス・ボーイズは街にはびこっていた麻薬や売春を根絶するために内偵捜査を続けていた。
 グループの歴史は古く、だいたい1969年ごろに結成されたと言われている。
 アメリカのファンがツイッター上でマーク・フロストに質問したところ、なんとカールこそブックハウス・ボーイズの創立メンバーのひとりだったらしい。それゆえ保安官事務所に直接交信できる無線を所有しているのだそうだ。そんな裏設定があるなら、ちゃんとドラマの中で説明して欲しい(笑)。

 カールの無線がボビーに繋がる。シェリーはベッキーが銃を持って家を飛び出したことを元恋人のボビーに伝え、対処してくれるように頼む。

●ツイン・ピークスのどこかのアパートメント

 般若のような表情でアパートの階段を駆け上がってくるベッキー。208号室の前に直行し、夫スティーヴンに対する罵詈雑言を叫びながら、思いっきりドアを叩く。たぶんここはスティーブンの浮気相手か誰かが暮らす部屋なのだろう。
 だが、隣りのドアから住人が顔を覗かせて、「お隣さんならさっき飛び出していったわよ」とベッキーに教える。

 怒りの収まらないベッキーは「くたばれ、スティーブン!」と叫びながら、持ってきた銃で208号室に向けて発砲。弾倉の6発すべてを撃ちこむ。
 カメラは映画『シャイニング』のように動き、別の階段に繋がっているアパートの廊下を高速移動していく。
 階段を下ったところには、スティーブンと顔立ちの良い赤毛の中年女性がいる。階上をこわごわと見上げながら、耳をそばだてている。
 スティーブンと一緒にいるこの女性の正体はエンドクレジットによると、あのドナ・ヘイワードの末妹ガースティン。

 旧シリーズのガースティンの出演は第8話のたった一回だけだ。
 しかし、ぼくにかぎらず『ツイン・ピークス』の視聴者にとって、彼女の存在は多大なるインパクトを残していると思う。

 ローラそっくりのいとこマデリーンを歓迎するヘイワード家の夕食会〈ヘイワード・サパークラブ〉のシーン。
 その冒頭で挨拶するヘイワード家のプリンセス、それがガースティンだった。

 頭上にはティアラ、少女らしいピンクの光るカクテルドレスを身にまとい、手には星のついたスティック……これは学校の劇で彼女が選ばれた妖精のお姫様役の衣装。
 容姿の美しさだけでなく、彼女は数学と英語で最高点を取る完璧な女の子だった。
 姉ハリエットがローラに捧げる詩を朗読するとき、またリーランドがその場にまったそぐわない歌(「Get Happy」)を歌いはじめ、場を凍りつかせた際にも彼女がピアノで伴奏をした。
 夕食会のメンバーからのリクエストで、メンデルスゾーンの「Rondo Capriccioso in E Major, Op.14」も弾いた。またエンディングにもガースティンのピアノ───とても上手にアンジェロ・バダラメンティが作曲した「Heyward Boogie」を弾いている姿が延々と流れる。いくら彼女のピアノが上手だからといって、一本のドラマの中で4曲も演奏を聴かせるのはすごい演出だ。

 あんなに可憐だった彼女がヤク中のクズ男の浮気相手だなんて、いったいこの25年で何があったんだろう?

 ガースティンを演じているのはアリシア・ウィット。
 子役としてデビューしていた彼女とリンチの出会いは1984年の『デューン 砂の惑星』。カイル・マクラクランが演じる主役ポールの妹アリア役で、リンチは当時9歳のアリシアを使った。
その後、彼女はいったん子役の仕事を休むが、今度は若き天才ピアニストとして再び注目され、1990年にリンチが『ツイン・ピークス』でまた彼女を起用することになったのだ。それゆえアリシアのピアノを劇中で存分に堪能できるよう、リンチたちはこの夕食会のシーンを準備したのだろう。

 その後、1993年にリンチが製作総指揮&監督したオムニバスドラマ『ホテル・ルーム』にも、当時18歳の彼女をなんと主婦の役でアリシアを出演させる。夫役は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でおなじみのクリスピン・グローバー。彼もこのドラマの直前にリンチの『ワイルド・アット・ハート』で、ほんの僅かの出演ながらものすごいインパクトを残す演技を見せていた。

 子どもを事故で失くし、精神衰弱に陥っている妻アリシアを自宅から離れた医者に診せるため、夫婦はホテルに泊まっている。その部屋で停電が起きる。暗闇の中で二人は身を寄せ合い、会話を続けるが、その内容は脈絡がなく、ただただ不条理。

Edward Hopper “Hotel by Rail Road”

 リンチのこの作品もまた、彼の愛する画家エドワード・ホッパーにインスパイアされたと言われている。
 ホッパーはホテルを舞台にした連作の絵画を発表していて、上掲の絵「Hotel by Rail Road」はその代表的な作品だ。

 ホテルを舞台にしたオムニバス……といえば、その後、クエンティン・タランティーノも『フォー・ルームス』という映画を作っていて、そこにもアリシアは出演した。
 主演はティム・ロス。新米ベルボーイの彼が大晦日の夜、4つの部屋で起こる事件に巻き込まれ、右往左往するアメリカ版「幕末太陽傳」みたいなお話。
 当時のタランティーノは『パルプ・フィクション』の世界的大ヒット、カンヌやオスカーという賞レースでも向かうところ敵なしという状態だった。彼が集めた三人の監督とともに作ったのがこの『フォー・ルームス』で、アリシアは『ガス・フード・ロジング』や『グレイス・オブ・ハート』を撮った女流監督アリシア・アンダースが演出を受け持ったエピソード「お客様は魔女」に出ている。
 この作品には魔女役でマドンナが出演したことが世間的には当時、話題になった印象がある。他にも当時好きだったアイオン・スカイ(歌手のドノヴァンの娘で、当時ビースティ・ボーイズのアドロックと結婚していた)がガッツリ脱いでいて、個人的にはその記憶が強い。その反面、アリシアの印象はかなり薄い。映画を見直してみると、白塗りでアイライン濃い目のパンクメイクをしていて、正直誰だかよくわからない。
 リンチはタランティーノの『フォー・ルームス』を「(自分の)アイディアを盗んだクソ作品呼ばわりした(滝本誠『コーヒーブレイク、デイヴィッド・リンチをいかが』)より」らしい。ただ、こうした”グランドホテル方式”の作品はリンチの専売特許ではないので、ケチを付ける筋合いには無いように思う。
 むしろ、自分が幼少期からずっと見守ってきた若い美しい娘を、チンピラに寝取られたハンバート・ハンバート(ナボコフ『ロリータ』)のような気持ちにリンチがなったからではないか。
 以降、25年間、アリシアはどんな作品にもリンチからお呼びがかからなかったが、今回ふたたび『ツイン・ピークス』の世界に戻ってくることになった───見る影もないクソビッチとして。

●サウスダコタ州バックホーンの”ゾーン”

 ヘイスティングス校長がブリッグス少佐と邂逅した通称”ゾーン”にやってきたゴードンたち。ここもまた低所得者が暮らすような街の一角にあり、今にも崩れそうな木造の住宅、コンテナなどが埃っぽい荒れ地に雑然と並んでいる。
 ゴードン、タミー、アルバート、ダイアン(またも真っ赤なパンツを履いている)は車を降りるが、マックレイ刑事と校長は警察車両のなかで待機。
 タミーが校長にゾーンの正確な場所を聞きだしている。
 虚ろな表情で現場を眺めている校長の視線の先に、ウッドマンがチョロチョロしている。おもわず顔を背ける校長。ぼく、どんどんこの人が気の毒になっています。
 ゴードンとアルバートも彼と同様にウッドマンの姿を目撃する。しかし、タミーやマックレイ刑事には見えていない。ウッドマンの姿が見える条件(資質)があるのだろう。

 問題のゾーンは敷地に張られた金網の向こう側。ちょうど人がひとり通り抜けられるくらいに金網が破れていたので、そこを通ってゴードンは中に入る。ゴードンの右手にはめずらしく銃(いまどき旧式のリボルバーなのがおもしろい)が握られている。同じく銃(こちらはオートマティック)を構えたアルバートも金網を抜け、ゴードンの傍らで警戒。タミーとダイアン、車に乗ったままの刑事と校長は金網の外に待機している。
 
 ある場所で立ち止まったゴードンは空を見上げる。と同時に、アルバートの目に映るゴードンの姿がぼやけたりくっきり見えたりする。
 ゴードンの視線の先にある青空に、巨大な渦巻きが発生していた。雲や空を飛ぶ鳥なども渦の中心へどんどん吸い込まれていく。
 渦はどんどんどす黒くなり、中で稲光(電気!)が発生。周囲に轟音が鳴り響く。
 ゴードンはその渦のなかへ飛び込むように、無意識に手を高く上げる。アルバートが見ているゴードンの姿も激しく揺れだし、次第に消えかかっている。やがて渦の真ん中にぽっかりと黒い穴が開いて、ゴードンはその穴のなかにはっきりとしたひとつのヴィジョンを見る。
 そのヴィジョンとは二階へ続く階段のある空間───おそらく劇場版でフィリップスが言及していたコンビニの二階に続いている階段だろう。火事で焼け残ったように全体がまっくろく煤けている。階段のステップには3人のウッドマンが立っていて、その横の壁面には白いペンキのようなもので何か絵が描いてある───これはたぶんキノコ雲のイメージだ。そういった光景をゴードンは垣間見る。
 アルバートの目に見えているイメージにも変化がある。手を空高く突き出すゴードンの姿に燃えさかる小さな炎のビジョンが重なる。そして、ゴードンの姿が一瞬消えたり、また現れたりと点滅し始めた。
 危険を察知したアルバートがゴードンに近づいて右手を引っ張り、自分の方に引き寄せると、空の渦も、轟音も消え、元の穏やかな青空に変わる。

  だが、タミーやマックレイ刑事には異変はまったく見えていないし、あたりは無音でなにも聞こえていない。ただ、ゴードンが敷地のまんなかで唐突に空を見上げたり、手を上げたり下ろしたりしている姿が見えているだけだ。
 ゴードンやアルバートのクローズショットと、全体を俯瞰した引きの画のコントラストが最高におもしろい。新シリーズ屈指の名シーン。

 ブラックロッジへ続く扉を目撃したあと、ゴードンとアルバートは敷地横の草むらで何かを発見する。それは首の無い女性の遺体だった───まちがいなくルース・ダヴェンポートの。
 この遺体の造形はリンチが愛してやまない作品、マルセル・デュシャンの『(1)落下する水、(2)照明用ガス、が与えられたとせよ』 (Étant donnés: 1° la chute d’eau, 2° le gaz d’éclairage) に対する完全なオマージュだ。
 通称〈遺作〉と呼ばれるこの作品は、1946年から1966年までひそかにデュシャンが制作していた大掛かりな立体物で、女性の全裸死体のようなものが草むらに倒れているリアルなジオラマだ。
 デュシャンはこれを「フィラデルフィア美術館に寄贈せよ」という遺言を残しており、彼の死後に公開された。
 
 この写真は全体の一部を写したもので、手前に木製の重々しい扉がついた壁があり、鑑賞者は扉に開いた小さな穴からこの作品を覗くという仕掛けになっている。もちろん作品は移動することができない。
 おまけに、自分の死後15年間は作品を撮影することさえデュシャンによって禁じられていたため、フィラデルフィアの美術館を訪れた人しか見ることができなかった。

 ペンシルバニア美術アカデミーで学んでいた若き日のリンチはこの作品に魅了され、美術館に足繁く通って、この作品を見たという。

 よく見ると、奥に滝があり、全裸の女性が草むらに横たわり、左手には火を持っている───つまり『ツイン・ピークス』という作品のインスピレーション、物語のエッセンスが、すべてこの作品に凝縮されていると言える。
 幸いにもぼくはこの作品を目にしている。
 厳密に言えばコピーなのだが。
 2005年に横浜美術館で行われた展覧会「マルセル・デュシャンと20世紀美術」に「泉」「大ガラス」などの有名な作品と共に(他にもリヒターの「ベティ」なども展示された)〈遺作〉もレプリカが来ていて、それを見た。
 しかし、このレプリカはドアや壁こそちゃんと作られているのだけれど、覗き穴のなかは立体映像で再現するという代物で、果たしてこれを〈見た〉などと言っていいかどうかは悩ましい。

 さて、ルース・ダヴェンポートの遺体の腕にはヘイスティングスの言うとおり、座標の数字が書かれている。アルバートはコートのポケットからサムソンのスマホを取り出して、これをカメラで記録した。

 さて、ヘイスティングスはというと、パトカーの後部座席に座り、唇を恐怖で震わせ、この後我が身に起こる不幸を覚悟したような、怯えた表情を浮かべている。
 いつのまにかパトカーの横には、さっきまで小屋の周りをうろちょろしていた太ったウッドマンが近づいている。別の車に寄りかかって煙草を吸っていたダイアンにも、このウッドマンが見えている。しかし彼女はじっと黙って様子を見守るだけだ。
 ウッドマンの姿がパトカーのなかに消えると同時に、車内にグシャッという何かを潰すような音が響くと、ヘイスティングスの頭が粉々に割れていた。
 運転席にいたマックレイ刑事は大声で叫びながら、慌てて車の外に飛び出す。
 そして警察無線機をひっつかむとこう叫ぶ。「至急、応援をよこしてくれ。シカモア通り2240番地だ!」
 はい、また出たよ、シカモアのつく場所が。ダギーがジェイドと逢引していたラスヴェガスの住宅街、ここサウスダコタ。で、ツイン・ピークス。

 そんなマックレイにダイアンがひとこと「呼んでも無駄じゃない?」 まったくもって正論。

●ダブル・アール・ダイナー

 ボックス席にボビー、シェリー、レベッカが座っている。その様子をカウンターから心配そうに見つめるノーマ。
 今後、スティーブンとどうしたいか? と尋ねるボビーに対し、ベッキーはもう終わりにしたいといったん口にするものの、やはり彼のことを愛している、とすぐさま前言撤回。
 壊したドアを弁償する金はボビーが貸すことになるが、そのかわりベッキーにトレーラーハウスを出て、ひとりでやり直すように忠告する。
 しかし、自分以外の人間から言われれば、途端にまたスティーブンをかばい始めるあまのじゃくなベッキー。
 母親のシェリーはこう諭す───あなたはもうひとりの大人の女性だけど、わたしたちはあなたの親で、心から愛しているのよ、と。
 あなたの親? なるほど。薄々感づいてはいたけれど、ようやくこれでベッキーの両親がボビーとシェリーであることが確定した。
 あなたのことを失いたくないのよ、と涙ながらに語るシェリーに対し、ようやくベッキーの気持ちもほぐれかけた刹那、一人の男が通りの向こうから近づいてくる。
 売人のレッドだ。窓越しに彼を見つけた途端、表情が一変するシェリー。喜色満面でダイナーを飛び出し、レッドに抱きつき、熱いキス。呆気にとられるベッキーとボビー(と視聴者)。仕事終わりにデートの約束をして、二人は別れる。
 ボビーとシェリーはすでに別居しているが、籍はまだ抜けていない。その証拠にエンドクレジットにはこれまで”Shelly”とだけ記載されていたが、この回は”Shelly Briggs”となっている。ボビーのほうには多少の未練がありそうだが、シェリーはもうすでに新しいパートナーとして、レッドとデキている。せっかくボビーがまっとうになったというのに、またレオ・ジョンソン以上のクズを好きになるシェリー。娘も娘なら、母親も母親である。

 シェリーがボックス席に戻ってきた瞬間、銃声が鳴り響き、ダイナーの窓ガラスが砕け散る。ブリッグス一家、店内の客、ノーマたちも慌てて床に伏せる。
 ボビーが銃を構えて外に飛び出すと、表通りで女が泣き叫んでいるのが聞こえる。
 そこには一台のワンボックスが停まっていた。夫婦喧嘩の真っ最中だ。どうやら、夫が銃の入った箱を車内においていて、事情を知らない妻がその箱を子どもの座っていた後部座席に移動させたらしい。で、子供がその箱を開け、銃を発泡したのだ。
 ボビーは副保安官として女から銃を取り上げ、事情聴取をしようとするが、ワンボックスの後ろには車の長い列ができ、抗議のクラクションを鳴らしている。 特にひどいのはワンボックスの真後ろにいる車だ。

 たまたま近くにいた保安官事務所の同僚が駆けつけたので、ボビーは事情聴取を彼に任せ、クラクションをやめるようにその車のドライバーに注意する。
 乗っていたのは太った中年女。彼女もまた強烈なヒステリーを起こしていて、ボビーにむかって大声でわめきたてる。
「これはいったいどういうことなの? あたしたちは家に帰りたいのよ! もうとっくに遅刻なの!ディナーに遅れるのよ! もうとっくに6時半過ぎじゃないの?! なんで、こんなことになるのよ! 車の窓から銃を撃つのが見えたのよ! ああ、もう、彼女のおじさんがディナーに来るんだから! 彼女は長いことおじさんに会ってないのよ! ああ、もう遅刻だわ! まだまだ家まで遠いのよ! お願いよ! 家に帰らせて! 彼女は……病気なの!」
 ドライバーの女が助手席のほうを振り返ると、シートの影から10歳くらいの痩せた女の子がゾンビのように手を突き出しながら姿を現す。女の子の肌は緑色。口からスライムのような緑色の粘液をドロドロと吐き出している。その様子を見て、わあわあと悲鳴を上げるドライバー。それをただ呆然と見つめるボビー。
 なんなのこのシーン(笑)。

●ツイン・ピークス保安官事務所

 トルーマン保安官とホークが並んで座っている。保安官がマックブックを開き、ブリッグス少佐が示した場所〈ジャック・ラビット・パレス〉をマップアプリで特定しようとしている。
 しかし、ホークは自分が持ってきた地図で、その場所について検討してみた……と保安官に話す。
 ホークの地図はなめし革でできた、見るからに古いものだが、その内容は常に”最新版”なのだそうだ。
 地図は生きていて、情報は時間とともにアップデートされていくという。そこには、例の悪魔のようなマークとかツイン・ピークスの山々、真っ黒なとうもろこし畑、黒い炎などが描かれている。また、地図の中の星を読めば、日付や場所などもわかるそうだ。
 ホークよ、なぜそんな便利なものを今まで隠していたのだ(笑)?

 そこに丸太おばさんからホークへ電話が入る。
「なにか見つけたのね」
「そうです。申し訳ない。あなたに知らせるべきだったのに」
「何を見つけたの?」
「それは言えない」
「丸太が火を恐れてる。あなたが向かう先には火があるのよ。ホーク、あなたが進む先には火があるの」
「オッケー、マーガレット」
「おやすみなさい、ホーク」
「おやすみ。どうもありがとう、マーガレット」

●サウスダコタ、バックホーン警察署

 ブラックロッジの入口を覗いたせいか、ゴードンの手の震えが止まらない。
 「まるで屋根の上の猫のようだ!」とゴードンは叫ぶ。
 この”like a cat on a roof”は落ち着かないとかそわそわするという意味の慣用句。正確には”like a cat on a hot tin roof(焼けたブリキの屋根の上にいる猫のようだ)”と言い、イギリスでは”like a cat on hot bricks(焼けたレンガの上の〜)”となる。
 気を落ち着けるためにコーヒーが飲みたいというゴードンに対し、アルバートは「コーヒーはやめて、ホットミルクにすればどうでしょう? 屋根(ルーフ)の上の猫はそちらのほうが悦びますよ」と皮肉を言う。
 それを本気で聞き間違えたのか、皮肉を受け流したのかわからないが、「そういえば、ルースの写真はどうした?」とゴードンはアルバートにたずねる。
 アルバートは先ほどスマホで撮影した写真を引き伸ばしたものをゴードンに見せる。
 すると、横に座っていたダイアンも首を伸ばして、それを覗き込もうとする。その様子を黙って観察しているアルバート。黒クーパーとダイアンが繋がっていることは把握済みなので、あえて彼女に見せたのかもしれない。

 「後ろの方の数字が読みづらくなっていますが、そこはどうやら北にある小さな町で……」と、アルバートがそこまで言いかけたところで、タミーとマックレイ刑事が山盛りのドーナツとコーヒーを運んでくる。 
 「ヘイスティング殺しの容疑者に繋がるものは何も発見できなかった。だが、遺体はルース・ダヴェンポートのものだった」とマックレイ。
 「わたしとアルバートは男を見た。ルースの死体の近くだ。黒いホームレス風の男で、服装はボロボロ。ヒゲにニットキャップ」とゴードン(さっき校長を殺したウッドマンとは細かい特徴が違っている。なぜだろう?)。
 「あたしもその男が車から出てくるのを見かけた……でも、見間違いかも」と今度はダイアン。車の中にいたマックレイや近くに立っていたタミーは目撃していないので、にわかに信じられない様子だ。
 
 アルバートが言いかけた〈北部の小さな町〉といえば、ツイン・ピークスしか思い浮かばないのだが、どうだろう。座標はやはり〈ジャック・ラビット・パレス〉と同じ場所なのだろうか?

●ラッキー7・インシュアランス

ブッシュネル社長のオフィスに呼び出されたダギーは小切手を彼から託される。小切手とはミッチャム兄弟に支払われるはずだった保険金、3,000万ドル。ダギーの”落書き”によって不正な操作が発覚し、警察もそれに一枚噛んでいるらしい。ダギーが車に取り付けられた爆弾や殺し屋に狙われたのも、そのせいだと社長は睨んでいる。
 ミッチャム兄弟は悪党だが、そのことと保険金の支払は別問題であり、社長はきちんと彼らに金を払うことにした。
 じつは社長、多額の保険金を払う事態になった場合、それをカバーしてくれる別の保険に入ってたらしい(笑)。ミッチャム兄弟に支払う3,000万ドルを超える金額が、会社に入るという。まったくうまい話があるものだ。
 で、ミッチャム兄弟はダギーの同僚アンソニーの嘘情報に踊らされて、ダギーを始末するために呼び出しの電話をすでにラッキー7・インシュアランスへかけてきていた。社長は渡りに船とばかりに、小切手をもたせたダギーを彼らのところへ行かせて、それを渡すことにしたというわけだ。

 元ボクサーのブッシュネル社長。善人かと思っていたけれど、保険金をカバーする保険……なんて展開が出てきたので、なんとなく信じきれなくなってきた(笑)。
 しかし、この”ブッシュネル”というファーストネームは、リンチの恩人というべき人物からいただいている。

 その名はブッシュネル・キーラー。高校時代の同級生だったトビー・キーラーの父親で、職業は専業の画家。
 リンチは画家という職業で暮らしを立てられるということを、ブッシュネルとの出会いで知る。そして、彼自身も画家として生きていこうと夢見るようになったのだ。

 ブッシュネルが生まれたのは1924年で2012年に87歳で亡くなっている。重厚なタッチの油絵を描き、主なモチーフは大好きだったヨットや帆船だった。

 リンチは手に入れたばかりのボレックスの16mmフィルムカメラを持って、ブッシュネルと彼の兄弟であるデイヴの船旅に同行した。そしてその様子をカメラで撮影した。

 それは約3分のモノクロ作品としてまとめられ、トビー・キーラーによってYouTubeで公開されている。撮影は1967年ということだが、編集やサウンドはいつ行われたのかわからない。しかし、若き日のリンチの自撮りも写り込んだ、ほんとうに貴重な映像だ。

 ブッシュネルからリンチは一冊の本をプレゼントされた。それがロバート・ヘンライの『アート・スピリット』という著作だ。

 1923年に記されたこの本は、リンチだけでなく、キース・ヘリングのようなアーティストから、Twitterの創業者のジャック・ドーシーにも影響を与えた本として知られていた。2011年にようやく初邦訳され、日本人も手に取ることができるようになった。
 ヘンライは画家としてよりも、教育者として高く評価された人物で、教え子にはマン・レイやエドワード・ホッパーらがいる。そして先ほど紹介したリンチの母校ペンシルバニア美術アカデミーは、ヘンライの出身校でもある。
 リンチは『アート・スピリット』からの影響を、著書『大きな魚をつかまえよう』のなかでこう語っている。

高校で私はロバート・ヘンライの『アート・スピリット』という本を読み、アート・ライフという考え方に触発された。私にとってアート・ライフを生きることは、絵画への献身───他のすべてのことを二の次にする、まったき献身を意味することだった

 リンチはアート・ライフに忠誠を誓い、献身する一生を貫いてきた。2007年、カルティエ現代美術財団のサポートのもと、自身のアート・ライフを総括した「The Air is On Fire」展を、実の両親と共に、キーラー親子へ捧げている。そんな恩人の名を悪党につけるとも思えないので、ぼくの心配はおそらく杞憂だろう。

●ミッチャム兄弟の家

 時刻はもう午後2時半を過ぎているのに、ロドニーがローブ姿で朝食用シリアルを食べている。するとそこに、ブラッドリーが浮かぬ顔で起きてくる。一晩中、ダギーを殺す夢を見ていたのだという。あれほどダギーを憎んでいたのだから、彼を殺す夢など見ればすっきりしそうなもんだが、そうではない様子だ。なにか裏がありそう。

●ラッキー7・インシュアランスの一階

 ブッシュネルがダギー/クーパーを連れて、ロビーに降りてくる。ミッチャム兄弟が寄越した迎えの車にダギーを乗せようと、正面玄関へ向かおうとするブッシュネルだが、ダギー/クーパーはよそ見したまま動こうとしない。
 彼の視線の先には”SZYMONS”というコーヒーショップが見える。いつもラッキー7社員のメガネ君がコーヒーなどを大量している店だろう。
 本来ならそこにカウンターなどがある場所に赤い部屋がいつのまにか出現し、片腕の男が手招きしている。もちろんクーパー以外の人には見えていない。そちらへ歩いて行くダギー/クーパー。

 レコードケースくらいの段ボール箱を抱えて、広場を歩いてくるダギー/クーパーと社長。コーヒーショップでなにか買ってきたらしい。
 迎えのリムジンの運転手は、ジャックポットで大当たりを出したとき、ダギー/クーパーを自宅まで連れ帰っていたのと同じ人物。
 ブッシュネルが運転手に尋ねる。「これからどこの店へダギーを連れて行くんだ?」
 「サンティーノです」と答える運転手。「おお、あそこはいい店だぞ!」と喜ぶ社長だが、ミッチャム兄弟はダギーを殺す気まんまんなので、そんな場所へ連れていくはずはない。

 社長はダギーに「ノックアウトだぞ。おだぶつにしてこい」とささやき、拳で顎のあたりをポンと突く。
 するとダギー/クーパーは、第2話で黒クーパーがジャックにそうしたように、自分のほっぺを右手で掴んでムニュムニュと揉む。

 一路ミッチャム兄弟の待つ場所へリムジンは向かう。
 ラスヴェガスの中心地を走るフロントガラス越しの主観映像と共に、ショーン・コルヴィンがカヴァーした「Viva Las Vegas」がBGMで流れる。
 このカヴァーで思い出すのはコーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』。ヒッピー崩れのダメ人間デュードが、同姓同名の富豪と間違われたことから、どんどん大きな事件に巻き込まれていくというオフビートコメディの傑作。おおまかな流れはレイモンド・チャンドラーの小説の雰囲気を踏襲していて、タイトルの『ビッグ・リボウスキ』もチャンドラーの『大いなる眠り』の原題『The Big Sleep』のもじりだ。

 やがて、ダギー/クーパーを載せたリムジンは街を抜け、砂漠地帯へと入っていく。
 ぼくは2007年に単行本の取材でロスアンゼルスからラスヴェガスまで車で移動したことがある。片道だいたい6〜7時間の道のりだったが、途中で山火事に遭遇したり、名もなき街のダイナーで白人だらけの客に怪訝な目でジロジロ見られながら食事するはめになり、肝をずいぶん冷やした。
 そして延々と続く砂漠を何時間も走り抜けたあと、忽然と姿を表したラスヴェガスの巨大な街並には度肝を抜かれた。

 ミッチャム兄弟はすでに砂漠で待っていた。しかし、彼らはリムジンの中で、なにやら揉めている。ブラッドリーが見た夢の話の続きだった。
 彼が言うには、まず夢の中でキャンディにテレビのリモコンで殴られたロドニーの頬の傷がすっかり治っていたという。で、ブラッドリーがロドニーの頬の絆創膏を剥ぐと、ほんとうに傷は治っている。
 そこへダギー/クーパーが到着する。リムジンを降りてきたダギーが抱えているダンボールを見て、またもブラッドリーが夢の話を思い出す。
 「あの箱のことも夢で見た……」
 呆れるロドニーだが、ブラッドリーは言う。「あの箱の中に俺が夢で見たのと同じものが入っていたら、ヤツを殺すのは中止だ」
 あまりにブラッドリーが真剣なのと、先ほどの傷の件があるので、ロドニーは仕方なく話を信じる。
 いつでも射殺できるようにロドニーがダギー/クーパーに銃口を向けた状態で、ブラッドリーが箱の中身を確認する。

 チェリーパイ!
 
 他に怪しいものを持っていないかと、ブラッドリーがダギー/クーパーのボディチェックをすると、ブッシュネルが持たせた3,000万ドルの小切手が懐から出てきたもんだから、ミッチャム兄弟は大喜び。
 新シリーズに初めてちゃんとした形でチェリーパイが登場し、それがクーパーの命を救うアイテムになった。

●ラスヴェガスのどこかのレストラン

 白髪のピアニストが軽快な音楽を奏でるなか、ダギー/クーパーとミッチャム兄弟がテーブルを囲んでいる。すっかり打ち解けた雰囲気で(相変わらずダギー/クーパーはオウム状態なので、兄弟の言葉を繰り返すだけ)、三人はシャンパンで乾杯する(ダギー/クーパーはロドニーが目の前に掲げたシャンパンを自分にくれるものだと思い、手に取ろうとして諌められる)。
 音楽がスロウでメランコリックな曲に変わると、ダギー/クーパーはピアノのほうへ振り向く。なにかしら彼の心に響くものがあったのだろうか?

 そこにリッチそうな老婦人がやってくる。実はこの人、ダギー/クーパーから当たりの出るジャックポッドを教えられた老婆だった(クレジットでは”Lady Slot-Addict”。すなわちスロット中毒の女)。クーパーのおかげで人生をやり直すことができ、自分を見限っていた息子も帰ってきたそうだ。ありったけの感謝の意をダギー/クーパーに伝え、頬にキスをして彼女は立ち去る。その様子を微笑ましく見つめているミッチャム兄弟だが、ほんとに彼女が感謝すべきは、実際に金を支払った兄弟の方だと思うが(笑)。

 今度はキャンディ以下三人娘と、レストランの従業員たちがチェリーパイや追加のドリンクなどをテーブルに運んでくる。相変わらずキャンディは上の空で、兄弟が呼びかけても、頓珍漢な返事しかしない(笑)。
 チェリーパイを貪るように食べているダギー/クーパー。ロドニーもひとくち食べて「こりゃ美味いパイだ」とつぶやくと、訂正するようにダギー/クーパーがひとこと「やけに美味い(Damn Good…)」とつぶやく。ついにオウム返しではない言葉をクーパーが発した。それもきっとチェリーパイを食べたおかげだ。

 みたび乾杯を促すミッチャム兄弟。「君の命を救ってくれたパイ、そして俺たちを救ってくれた金に乾杯」
 チェリーパイのおかわりが運ばれてくる。クーパーはチェリーパイを食べる手を休めない。宴はまだまだ続きそうだ。
 白髪のピアニストが演奏を続けるなか、エンドクレジットが画面に流れ始める。


 ということで、今回はバン・バン・バーの演奏はなし。そのかわりこの無名のピアニストが演奏する曲をアンジェロ・バダラメンティが書き下ろしている。
 タイトルは「Heartbreaking」。あえて邦題をつけるなら〈心破れて〉といった感じだろうか。
 クーパーは心が破れて2つに(あるいはダギーも含めて3つに)ちぎれてしまっている状態だ。
 愛娘のローラや夫リーランドを失ったセイラをはじめ、多くのツイン・ピークス住人も愛した人たちを失い、心破れている。クーパーが覚醒すれば、残されるナオミ・ワッツや息子は心破れることになるかもしれない。
 残りはたった7話。このシリーズが終わるまでに、どれほどの破れた心が修復されるだろう?

 そして、冒頭に書いた〈見終わったあとの感覚は妙に爽やか〉だった理由も書こう。
 ダギーとミッチャム兄弟の一件が平和裏に終わったのも良かったけれど、今回はまったく黒クーパーが登場しない回だった。
 どこを切っても邪悪な彼の行動が、見てるぼくにとっては相当なストレスだったみたいで、彼が出てこないだけで楽しいエピソードに思える(笑)。
 しかし、物語は今”ジャック・ラビット・パレス”に向かって、さまざまな登場人物がそれぞれの手がかりを持って結集しつつある。
 近いうちにクーパー同士が直接戦うことになるやもしれない。