この第10話はこれまで以上に、お子さまの視聴には配慮の必要なシーンのオンパレードだったけれど、途中からあることに気づいて、二回目以降はまったく違う印象で見直すことになった。
 今回のキーワードは<色>。そして<ウルトラヴァイオレンス>。

●ツイン・ピークスのどこかの山の麓

 粗末だが、チャーミングなトレーラーハウスに一台の車が乗り付ける。
 乗っていたのはリチャード・ホーンで、家の住人はミリアムだ。
 ひき逃げ事件を目撃した彼女は、犯人がリチャードであることを警察に通報したものの、どこからかそれを彼は聞きつけていた。
 なかなかリチャードが逮捕されないことに業を煮やした彼女は二の矢を射っていた。ミリアムはリチャードにトルーマン保安官へ告発の手紙を出した、と告げる。
 バカにバカ正直に喋ってしまったのが運の尽き。逆上したリチャードは入口のドアを破壊してトレーラーハウスに侵入。ミリアムに激しい暴行を加える。
 ただ、カメラが写すのはトレーラーハウスの外観だけ。室内の様子は見せない。でも破壊音や悲鳴だけで中でなにが起きているかがわかる。
 リチャードが小屋の中から立ち去ったあと、ようやく中の様子が映し出される。頭からドス黒い血を流して床に倒れているミリアム。もはやぴくりとも動かない。

 そして、リチャードは保安官事務所のチャドに電話。ミリアムの手紙を保安官の手に渡る前に回収するよう命令する。たぶんミリアムの通報もチャドがひねりつぶし、リチャードに告げ口したのだ。いつぞやバン・バン・バーで丸めた札束の受け渡しもしていたし、奴は金でリチャードに雇われている猟犬なのだろう。

 このシーンで見逃せないのは、フェンスに小さな天使の像がくっついているところ。
 ローラ・パーマーが日記のなかで何度も天使に言及したり、彼女の部屋に飾られていた絵のなかに天使がいたり(いなくなったけど)、ローラといっしょに殺されそうになっていたロネットだけを救ったり……天使は堕ちていく人間に対して、等しく救いの手を差し伸べるわけではない。もちろんローラは、マドモアゼル・ディドや消防士(=巨人)によって、”火を消すもの”としてこの世に生みだされた存在である以上、殺される宿命にあったわけだけど。
 その役割を終えたとき、ブラックロッジにやってきたクーパーが仲介し、ようやくローラは天使とめぐり合えた(劇場版のラストシーン)。

 またリンチは『ワイルド・アット・ハート』で、ローラ役のシェリル・リーに主人公セイラーへ福音を与える”良い魔女”という役を与えた。

 あとは色───リチャードの乗ってきた車は濃い緑色だが、後部に”赤”のペイントが施してある。またミリアムの家の室内装飾や彼女の着ていた寝間着のような服はピンクや淡いパープル。『ワイルド・アット・ハート』の良い魔女も、ピンクのドレスにパープルの光を放っている。
 ちなみにパープルやピンクはアメリカの低所得者……特にメキシコやプエルトリコ系の不法移民の子どもたちに大人気。1990年代にアメリカで一世を風靡した子供番組『バーニー&フレンズ』のメインキャラクター、恐竜のバーニーは全身ほぼパープル。
 

 

●ニュー・ファット・トラウト・トレーラーパーク

 

 
 事務所の前に腰掛け、管理人のカールがアコースティックギターをかき鳴らしながら歌っている。傍らに置かれたクーラーボックスの色も赤。
 よく見ると看板の受付時間、朝9:30のところに”Never Before!(それより前は絶対に開けないぞ)”と判る人には判る小ネタ。
 で、カール役のハリー・ディーン・スタントンが歌手活動をしていたことは知っていたけど、実際に歌を聞くのははじめて。けっして上手ではないが、朴訥とした渋い歌声。歌っているのは古いカウボーイ・ソングで「赤い河の谷間(Red River Valley)」……そう、ここでも”赤”だ。

 と、突然、目の前の家の窓ガラスを突き破って赤いマグカップが飛び出てくる。そして部屋の中から怒声が聞こえる。うんざりした表情で首を振り、カールはひとことつぶやく。「悪夢だ、くそったれめが」

 この家に住んでいるのが、シェリーの娘のベッキーとクズ旦那のスティーヴン。なにやらカネのことでベッキーが夫に激しく虐待されている。
「罪のねえ顔しても、お前が何をしたのか俺は知ってるぞ!」
 そういえば、母親のシェリーも夫のレオによく折檻されてたっけ。げに恐ろしき因果の円。シェリーは暴力亭主に隠れて年下の男(ボビー)と浮気してたけれど、ベッキーは一体何をしたのだろう?


 冒頭に書いたが、今回、画面の中で気になるのは色。赤く塗られた車、赤の歌、赤いマグカップ。
 画面に”赤”が出現するとき、それは暴力への予兆/暗示となる。あの『ブルー・ベルベット』も、白いピケットフェンスの前に咲く大きな赤い薔薇から物語はスタートした。
 また、ピンクは暴力によって虐げられている女性たちの色だ。救済を天使に求めるためのシグナルなのかもしれない。

●ミッチャム兄弟のアジト

 白昼、シルバー・ムスタング・カジノのオーナー、ロドニー・ミッチャムが書類仕事をしている。そこへカジノのアイドル、カクテルピンクの踊り子風衣装を身にまとった美女三人組のひとりキャンディが、”赤い”バンダナを振り回しながら入ってくる。彼女はどうやら小さな蝿かなにかを追いかけていて、持っているバンダナで叩き殺したいらしい。
 蝿が書類に集中しているロドニーの左頬にとまる。彼女はバンダナではなく、サイドテーブルの上に置いてあったテレビのリモコンを取り上げて、全力でロドニーの左頬を殴打。
 ロドニーの悲鳴に驚いて兄のブラッドリーがすっ飛んでくる。自分のしでかしたことと出血(赤)に驚いてパニックになるキャンディ。
 

●ラスベガスの病院

 様子のおかしいダギーを見てもらうため主治医のところに来た二人。医者のベンが診断したかぎり、どこにも異常は無さそう。
 それどころか、体重も減って、むしろ健康体になっているダギー(クーパー)。
 殺し屋を素手で撃退し、精悍になった夫を見て、興奮が隠し切れない様子の妻ナオミ。
 
 主治医のベンを演じているのは、ジョン・ビリングズリー。
 テレビドラマ中心の役者だが、この人の当たり役といえば、スタートレックシリーズ『エンタープライズ』の異星人ドクターフロックス。このキャスティングはどう考えてもわざとだろう(笑)。

●ふたたびミッチャム兄弟のアジト

 すっかり夜になっている。キャンディはまだ気持ちが収まらない様子。ロドニーも慰めるが、彼女は取り乱していて落ち着く気配はない。
 呆れたロドニーがTVをつけると”LOCAL NEWS”という身も蓋もないタイトルのローカルニュースが始まる(笑)。
 最初のニュースは殺し屋アイク・ザ・スパイクの逮捕劇。ミッチャム兄弟もアイクを消そうと狙っていたようで、捕まったことに大喜び。
 逮捕に協力する形となったダギー、そして夫の武勇伝を誇らしげに警察官へ語っているナオミの様子もニュースで紹介される。おもわず顔を見合わせる兄弟。自分たちの大事なカネを持っていった忌々しい”ミスター・ジャックポッド”がダギー・ジョーンズという名前であるが、彼らの記憶に刷り込まれる。
 
 色の話を付け加えると、ミッチャム兄弟が”ペット”として飼っているキャンディら美女三人組の着ているバニー風ドレスもカクテルピンク。

●ダギーの家

 ダギーの家の玄関ドアは真っ赤。
 そのドアが闇の中に照明で浮かび上がっている。

 体が火照って、いてもたってもいられなくなっているナオミ・ワッツの足元のアップ。
 彼女が履いているのはこれまた真っ赤なパンプスだ(ちなみにブラウスはピンク、カーディガンはパープル系)。
 自宅でもダークスーツ姿を着たままのダギー/クーパー。チョコレートケーキを一心不乱に食べている。

 シーンが突然変わると騎乗位でダギーの上で腰を振っているナオミ(笑)。
 彼女の背中の動きがとにかくエロい。WOWOWは結合部分に大きなモザイクをかけているが、現地映像を確認したところ、おしりの割れ目がちょっと映っているだけだった。まったく無粋な……と呆れる気持ち半分、それが逆にこのシーンの滑稽さを強調する要素になっている。
 ナオミの激しい腰のグラインド運動に合わせて、翼を振るように手をパタパタ動かしているダギーの様子もとにかくおかしい。

 そして絶頂に達したナオミが「ダギーーー!」と絶叫すると、子供部屋で寝ていた息子のサニー・ジムがびっくりして起き上がるバカ演出(笑)。
 下になっているダギー/クーパーもご満悦。
 ナオミ・ワッツは『マルホランド・ドライブ』でも濃厚なベッドシーンを披露してたけど、あの時の相手もドッペルゲンガーというか、妄想の産物だったわけで、リンチの作品ではまともな相手とラブシーンさえさせてもらえません。そんな都合のいい女、ナオミ。

●ドクター・ジャコビーの家。

 今日も今日とて、政府や大企業批判など自説をネット放送でアジりまくっているジャコビー。
 ジャコビー家の壁の色も赤で、飛び散ったツバを拭きとるハンカチも赤。蝶ネクタイにプリントされた金色の稲光のワンポイントも気になる。
 そんな彼の番組を、ピンク色のシェイク(?)をストローですすりながら、うっとりモニター越しに見つめているのがネイディーン。
 どうやら彼女、例の開閉時に音のしないカーテンを商品化し、”RUN SILENT RUN DRAPES”という専門店のオーナーになっているようだ。店先のショウウィンドウには、もちろんジャコビー印のゴールデンシャベルが誇らしげにディスプレイされている。

●ふたたびダギーの家

 朝。真っ赤なドアから出てくるサニー・ジム。あとからナオミとダギー/クーパーも現れるが、彼女はまだ昨夜の性的余韻のなかにいるようで、顔はピンク色に上気したまま。

●ツイン・ピークスのどこかの山

 ブッ飛んだままのジェリー・ホーン。iPhoneは圏外。まだ当分森の中から出られそうにない。

●ツイン・ピークス保安官事務所

 郵便配達人から玄関の外で直接郵便物を受け取るチャド。保安官宛のミリアムの告発状は彼がこっそり懐に入れてしまう。ルーシーはチャドの行動を怪しんでいる様子。

●ツイン・ピークス、シルヴィア・ホーンの家。

 車でどこかに向かっているリチャード。チャドから任務完了とのメールを受け取る。
 リチャードの目的地は祖母であるシルヴィア・ホーンの家。
 息子のジョニーは自宅の壁に衝突し、大怪我を追っている。ふたたび暴れださないように手足は拘束され、椅子に縛り付けられている。
 彼の目の前のテーブルにはシルヴィアのバッグ、彼女がテイクアウトしてきた”ピンク”色の飲み物、そして奇妙なしゃべるぬいぐるみが置かれていて、エンドレスで「やあ、ジョニー。今日は元気かい?」と呟き続ける。

 このキャラクター、リンチが2002年に制作したアニメーション作品『dumbland(アホの国)』の主人公にそっくり。

 リチャードが到着。逃走資金を無心にやってきたのだ。
 シルヴィアがカネを渡すことを拒否すると、逆上して彼女の首を絞めるリチャード。
 母親のピンチを察し、ジョニーも暴れだす。そのいきおいで彼は椅子ごと転倒してしまうが、拘束されているので反撃することもできず、ただ床に転がって、自転車のペダルを漕ぐように足を動かすのが精一杯。

「カネを出さねえとあいつのカマを掘るぞ!」
 言うに事欠いて実の叔父のケツを掘るなどと、とんでもない脅し文句を口走りつつ、祖母の首を締め上げるリチャード。

 結局、抵抗しきれず金庫の中にあった札束や宝石類など、金目の物を一切合切持っていかれるはめになる。リチャードも言っていたけれど、どっちみちこうなるならさっさと払っておいた方がよかったし、彼女の住んでいる家はセキュリティゲート付きの高級住宅地みたいなので(リチャードが到着することをインターホンでアナウンスする声が聞こえた)、そもそも孫が勝手に侵入できないように手配しておけばよかったのでは……。

 

 
 このシーンを撮るにあたり、リンチがオマージュしたのはまちがいなく『時計じかけのオレンジ』だろう。
 アレックス率いる4人組の不良少年グループ(ドルーグ)が行きずりに見つけた住宅を襲撃。家主である作家を床に押さえつけて無抵抗にしたあと、ジーン・ケリーの「雨に唄えば」を歌いながら、その妻をレイプするという有名なシーンを引用している。

 

 
 アンディの着ている白い拘束着はアレックスのボンテージファッションを思わせるし、アンディのヘッドギア/見たくないものを無理やり見せられる/いつまでも延々とループする音(ぬいぐるみの声)……といったディティールも、アレックスが受ける”ルドヴィゴ療法”を彷彿とさせる。

 もちろんリンチはこうしたオマージュを名作へのパロディとして取り入れているわけではない。大事なのは冒頭に挙げたポイントのふたつ目<ウルトラヴァイオレンス>。これが重要なキーワードになる。

 

 
 ウルトラヴァイオレンスというのは『時計じかけ〜』の原作者アントニオ・バージェスの造語だ。
 どう訳すのがベストだろうか。そのまま直訳で<超暴力>、もしくは<チョー暴力>と書くのもいいかもしれない。
 暴力のための暴力。理不尽で快楽的。人を殴ると気持ちいい。女を犯すとチョー気持ちいい。自分より強い存在に食ってかかるのではなく、むしろ弱いものを徹底的にいたぶり叩きのめすのが<ウルトラバイオレンス>だ。

 そんな幼稚で残虐な<ウルトラバイオレンス>を、あえてコミカルに、とことんスタイリッシュに描いた作品こそが、スタンリー・キューブリック監督の映画『時計じかけのオレンジ』だった。

 じつは第二次世界大戦中、脱走した若いアメリカ軍兵士4人組によって、バージェスの妻はレイプされた。なんと自分の家族の身に起きた実話を元にして書いているのだ。バージェスは作家として小説の中で犯人たちに復讐したのだった。

 麻薬の売人レッド(この人の名前も”赤”だったか……)のような強い男には反抗できないが、女子供老人相手には容赦なく暴力を振るうリチャード(やはり、オードリーと黒クーパーのあいだにできた子どもなのだろうか?)も、ヤク漬けにした嫁を暴力で支配しているスティーヴンも矯正不能なウルトラバイオレンスの申し子である。 
 だからこそリンチは、リチャードがミリアムに暴行を加える場面では、「トムとジェリー」「ルーニー・チューンズ」、あるいは「サザエさん」のエンディングの家が揺れる表現……のような、アニメやマンガでよく使われる婉曲的な表現を用いた。
 また、小バエを追っかけるキャンディにあえてコミカルで、不自然な動きをつけてみたりして、ダークコメディ的要素を今回は特に強調している(ナオミ・ワッツが白痴状態のダギー/クーパーと同意なくセックスするのも、ある意味では”レイプ”だ)。

 

 
 このきわめて暴力的なシーンのBGMとして流れているのが、イージー・リスニングの帝王、マントヴァーニ楽団の代表曲「シャルメーヌ(Charmaine)」だ。

 「シャルメーヌ」はもともと1926年のサイレント映画『栄光』の劇伴のために作られた。「シャルメーヌ」というのは、メキシコ系女優ドロレス・デル・リオが演じたこの映画のヒロインの名前だ。
 マントヴァーニのカヴァーヴァージョンは1951年にSP盤でリリースされ、彼にとって初めてのミリオンヒットで、全米チャート10位を記録。
 また歌詞のついたヴォーカル・ヴァージョンも、フランク・シナトラ、インク・スポッツ、トニー・ウィリアムス(ザ・プラターズ)、ビル・ヘイリー&ザ・コメッツ……など、いずれも素晴らしい男性歌手たちが取り上げている。

 個人的に最も好きなのはフォー・フレッシュメンのヴァージョン。マントヴァーニ風のストリングスをバックに、後半はラテンのリズムが入って盛り上がるのがとても楽しい。

 もともとサウンドトラックとして作られた曲だから、ほかの映画にもよく使用されている。
 特に印象的なのがジャック・ニコルソン主演の『カッコーの巣の上で』。
 フィル・スペクターの片腕として活躍したジャック・ニッチェが映画音楽を担当している。だが、彼がオリジナルで作曲したオリジナルテーマソングより、「シャルメール」が強く印象に残っているくらいだ。
 心を病んだ患者たちを刺激しないために、プレイルームで流れているのが「シャルメール」。エンドクレジットに出ないので、はっきりとはわからないが、おそらくマントヴァーニを参考にジャック・ニッチェがアレンジしたヴァージョンだろう。

 精神病院に入院している主人公マクマーフィーが婦長らと激しく対立した挙句、ロボトミー手術の犠牲となる展開は『時計じかけ〜』のプロットに近いし、マクマーフィーが気を許す患者仲間がネイティブ・アメリカンだったりするところは『ツイン・ピークス』にもどこか通じる。
 また『カッコーの〜』で人間による究極の悪事としてロボトミー手術が描かれたように、今回の『ツイン・ピークス』では原爆が大きくフィーチャーされた。

 余談だが、ウィキペディアを見ていたら、<キューブリックが『時計じかけ〜』を映画化する際、松本俊夫の『薔薇の葬列』に影響されているとも言われる>という記述があって驚いた。両作品の比較のために作られたこんな映像もあるようだ。

 

 
 これら2本の作品とも大学生になってから、しかも同時期に見た。
 それこそ『ツイン・ピークス』を見ていた90年代のはじめのことだ。
 それまで名画座でのリバイバル上映でしか見られなかった『時計じかけ〜』がようやくソフト化されたのが1991年。ぼくが大学二年生のとき。
 また『薔薇の葬列』は、大学一年のとき、松本俊夫とも親交のある映画作家かわなかのぶひろさんの授業を取っていたので、彼に薦められて見に行った記憶がある。場所はまだ四谷にあった頃のイメージフォーラムだったと思う。

 どちらの作品の印象も強烈だった。しかし、その頃に2作品の類似性を論じるような記事は見たことがなかったし、ぼく自身、ちらりとも思いつきさえしなかった。
 ただ、ざっと調べてみたかぎり、評論家たちが”影響があるのではないか”と指摘しているだけで、キューブリック本人が『薔薇の葬列』に直接言及したことは一度もないようだ。だからほんとうのところはわからない。
 実際『薔薇の葬列』は1969年に完成して、1970年にロンドンでも公開されている。キューブリックが見たという証拠も、見てないという証拠も今のところない。ひとつだけ言えるのは、もしも『時計じかけ〜』よりあとに『薔薇の葬列』が公開されていたら、どうなっただろう? ってことだ。その順番だったら、きっと『薔薇の葬列』は『時計じかけ〜』の影響下にある作品だ……と決めつける連中が跡を絶たなかったと思う。大は小を凌駕する。まさにウルトラバイオレンス。

●ダンカン・トッドのオフィス

 ラスベガスの夜景を映し出した空撮映像。中央にそびえ立つラスベガスのシンボル的建築物<ストラトスフィア・タワー>が美しい。

 オフィスにロジャーが来て、アイクが逮捕されたことをダンカン・トッドに伝える。
 オフィスにはもうひとり来客。ダギーの同僚アンソニーだ。奴がトッドの手先だったとは。
 ダンカンはアンソニーにある話を持ちかける。

 彼とミッチャム兄弟は商売敵らしい。相手をつぶすために、兄弟が手にするはずだった保険金の支払いを、ダンカンがアンソニーを使って妨害しているのだという。
 で、その妨害工作をダギーの仕業ということにして、ミッチャム兄弟に嘘情報を掴ませろ、と命じる。

 要するに、黒クーパーの命令でダンカンがやらされているダギーの始末を、ミッチャム兄弟に肩代わりさせようという魂胆だ。
 作戦がうまくいけば一石二鳥。失敗したら、アンソニーが責任をもってダギーを殺すように……と付け加えるダンカン。 

●サウスダコタのホテルのバー

 フランスの国旗を持った美しい女性が画面を横切っていく。
 アルバートと鑑識官のコンスタンスがいつのまにか意気投合している。皮肉屋同士、心が通じあったのだろうか(笑)。
 そんなふたりを笑顔で見守るゴードンとタミー。

●シルバー・ムスタング・カジノ

 
 さっそく嘘情報をタレコミに来たアンソニー。警備室の監視カメラで彼を発見し、警戒するミッチャム兄弟。
 警備室の壁際にはキャンディ、マンディ、サンディの三人組(ぼくは”キャンディーズ”と呼んでいます)がマネキンのようにポーズを決めて立っている。

 ふたりに面会を求めるアンソニーを警備室まで連れてくるようにキャンディは兄弟に命令される。が、彼女はそれを無視。リモコンで彼を殴打したあと、パニックのようになっていたのはなんだったの。
 怒鳴られてしぶしぶ警備室を立ち去っていくが、まったく慌てる様子もない。他の二人もどこか明後日の方向を見たっきり。

 アンソニーのところに到着した彼女は彼を連れ出す気配もない。カジノのあちらこちらを指差しながら、アンソニーの耳元に口を近づけ、一分以上なにやら話し込んでいる(笑)。
 警備カメラでその一部始終を見ていたミッチャム兄弟がついに痺れを切らす。彼らに命じられなければ、ずっとキャンディは戻ってこなかっただろう。

 警備室に戻ってきたキャンディに、弟ミッチャムが質問する。
「おい、お前らいったい何を話し込んでたんだ?」「ああ、えーーっと……天気の話よ。明日は暑くなってスモッグが出そうよ、とか。カジノにはエアコンがあってよかった、とか、そんな感じ」。頭を抱える兄ミッチャム。

 アンソニーがミッチャム兄弟にトッドから指示されたでっち上げの話を説明する。
 ミッチャム兄弟が所有していたホテルが数カ月前に火事になり、保険金として3,000万ドルが下りることになっていた。
 しかし兄弟が手にすべき保険金を、ダギーが個人的な恨みから支払いを妨害している……というウソの筋書きを吹き込む。

 ジャックポッド騒動のせいで、少なからず損害を被っていたミッチャム兄弟は、簡単にそのウソを鵜呑みにしてしまう。
 明日電話でダギーを呼び出し、彼を始末することに決める。

 ただ保険会社のブッシュネル社長はすでにアンソニーの工作に気づいているはず。彼がどう動くか?

●サウスダコタのホテル、ゴードンの部屋

 

 
 ゴードンが”赤”ワインを飲みながら、なにか一心不乱に落書きをしている。
 鹿? 角の生えた犬? 頭を撫でようと腕が一本。

 ノックの音が聞こえたので、ゴードンがドアを開けると、彼の視界にはなぜか泣き叫ぶローラ・パーマー(JK時代)のビジョンがフラッシュバックする。
 そのビジョンは一瞬で消失。
 すると、そこにはアルバートが立っていた。不思議そうな顔をしている彼を部屋に招き入れるゴードン。アルバートもそれ以上なにも聞かない。

 アルバートはあるレポートを携えてきていた。黒クーパーとダイアンのショートメールの傍受記録だ。
 黒クーパーからの<食卓を囲んでの会話は賑やか>というメッセージはメキシコが発信元。かたやダイアンは何重にも暗号をかけて、<ヘイスティングスは彼らをそこへ連れて行く>という返信を送っていた。
 報告を聞いたゴードンは、今は何もせず、泳がせておけとアルバートに命じる。

 そのあとタミーもゴードンの部屋にやってきた。
 彼女のノックの音が大きすぎて、耳キーーーンとなるゴードン。この小ネタは1話に1回やらないと気がすまないようだ。
 
 タミーが持ってきたのは1枚の写真。あのニューヨークの現場から回収されたフラッシュメモリに入っていたらしい。
 ガラスの箱の前で話す二人の男が写っている。
 ひとりはなんと黒クーパー。もうひとりは茶色い僧衣を来たアジア人風の男……明らかにダライ・ラマっぽい僧侶だ。
「こりゃエライまずいことになったぞ」とゴードンは思わずつぶやく。

 旧シリーズの第2章で、夢で見たチベット人たちからヒントを得た<演繹法的捜査テクニック(容疑者の名前を呼びながら石を投げて瓶を当てる)>をクーパーはトルーマン保安官やホークたちの前で実践する。
 第9章ではチベット仏教の歴史を、グレート・ノーザン・ホテルのレストランで朝食を食べながら、まるで無関心なアルバートにクーパーは滔々と語って聞かせていた。
 また最終回寸前の第27章で、ウィンダム・アールが<ダグパス>という存在について言及している。ダグパスとは闇の中に棲む悪の化身で、悪のみを求め、悪を純粋培養する場として彼らが探しあてた場所が”ブラックロッジ”……という台詞もあった。実はこのダグパスというのも、チベット仏教のセクトの名称だという。

 ぼくの勝手な推測だが、ブラックロッジの場所を特定するために黒クーパーがダグパスと手を組み、ガラス箱のなかにクーパーを捕らえて、葬り去ろうとした……あるいは、Experimentが吐き出した別の”ボブ”たちを回収するためのボックスなのかもしれない。

●ベン・ホーンのオフィス

 シルヴィアから電話。リチャードに金を奪われたことをベンに報告している。
「ジョニーは無事なのか?」と尋ねるベン。
「襲われたのはわたしなのよ、なんでわたしの心配をしないの!」とシルヴィアは逆上。
 被害総額は金庫に入ってた数千ドル、その他。全額、彼に弁償させたいらしい……ベンだけに。
 彼が支払いを拒否すると、弁護士に連絡して、あんたに絶対に払わせると宣言し、一方的に電話を切る。
 だいぶ前から夫婦の信頼関係は完全に破綻しているようだ。まあ、彼の過去の悪行をつぶさに見ている視聴者としては、これも致し方無しと思う次第だが。
 その反動からか、前回かっこよく一線を引いたはずのビヴァリーに「一緒に夕飯でも食わないか?」と思わず声をかけてしまう。ああ、ベン。

●ツイン・ピークス保安官事務所、ホークのオフィス

 今日も夜勤でごくろうさま……な、ホーク副保安官。彼のところにも丸太おばさんことマーガレットから電話がかかっている。

ホーク……電気がハミングしてるわ。山や川から聴こえてくるのよ。電気は……海や星のあいだでも踊ってるのが見える。月のまわりでも輝いてる。でも最近じゃ輝きが失せかけているの。闇の中にはいったい何が残されるのかしら? トルーマン兄弟はどちらも真実の男(True Man)。彼らはあなたの兄弟よ。その他にも、あなたは善き者たちといっしょにいる。もうじき”環”が完成する。よく見て、よく聞きなさい……時間と宇宙の夢を。まるで川のようにすべてが外に溢れ出す───それであって、それでないものが。ねえ、ホーク。それがローラよ(Laura is the one)。

 詩の暗唱のように彼女はホークに語りかける。ホークはただ黙って噛みしめるようにそれを聞いているだけ。

●バン・バン・バー

 空に輝く三日月。今宵もまたロードハウスでは熱のこもったライヴが行われている。
 本日の歌のゲストはレベッカ・デル・ロイ。『マルホランド・ドライブ』にも出演している、リンチお気に入りの歌手のひとりだ

 

 
 曲は「No Stars」で、リンチ、ジョン・ネフ、レベッカの共作。
 ジョン・ネフはリンチとの音楽ユニット”BlueBOB”も組んでいるエンジニア兼ミュージシャン。オアフにスタジオを所有していて、先ごろ亡くなったスティーリー・ダンのウォルター・ベッカーのソロアルバムや、同じくスティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンの名盤『カマキリアド』にも参加している。意外なところでスティーリー・ダンとリンチの接点が。

 さて、「No Stars」はもともと7分以上もある長い曲なのだが、自分たちが作った曲だからか、それとも時間が余ったせいなのか、演奏シーンに余計なドラマも挟まれず、エンドクレジットが出るまで5分以上も延々レベッカの歌だけを見せきる。
 ちなみに、サポートギタリスト役としてMOBYがカメオ出演。


 『ツイン・ピークス』にかぎらず、リンチの描くドラマには暴力によって男に蹂躙されている女性(主に若い)、そういったパワーに対して反抗する女性(主に中年)、そしてスーパーナチュラルな存在と現実世界をバイパスする巫女的な女性(主に老女)……大きく分けてこの3パターンに分類できるようだ。第10話では、そんな女たちのキャラクターのコントラストを強く意識しながら見た。
 もうひとつ色についてだけど、ミリアムの家の外観の緑、リチャードの車の赤以外の部分が緑、またこれは前のエピソードでダイアンが着ていた洋服が緑色のパンツスーツ(ただし襟元やパンプスが赤)だったことも気になっている。

 物語的には、黒クーパーの差し金で動く連中によって、いくぶん他力本願的にリアル・クーパーへの包囲網が狭められていくなか、黒クーパー、ダイアン、ゴードン以下FBIチーム、そしてツイン・ピークスの保安官チームは座標やブリッグスの残した暗号メモに導かれるように、一点に集まっていこうとしている。そのほか、ジャコビーの金色シャベルは売れるのか? はたまたジェリー・ホーンは山から脱出できるのか? ベッキーのLINEは流出するのか? いろいろなことを気にしたり、しなかったりしながら、第11話の放送を楽しみにしたいと思う。