来る7月23日に開催するコテージのビッグ・ウェンズデー第六回「小津さんについて知っていることを話そう〜『東京暮色』『お早よう』を中心に」まであっという間に二週間となりました。タモリさんや伊丹さんと違い、あまりにも王道をいくテーマ(タモさんや伊丹さんは違う意味で王道なのですが)なので、どんなイヴェントになるんだろう? と思われている方もいらっしゃるかもしれません。ということで、小津さんをテーマとして選ぶにあたっての簡単な経緯と、ぼくがチョイスした作品『東京暮色』について、ちょっとした覚え書きというか、レジメを書いてみました。作品の詳しい解説などは省きますが、こんなことを足がかりに楽しくおしゃべりさせていただこうと思っています。では、ちょっと長いですが、はじめます。
 

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それは今年四月に開催したビッグ・ウェンズデー『タモリさんについてもっと知っていることを話そう』の終演後のこと───。コテージのスタッフやイヴェントに駆けつけてくれた友人たち数人で打ち上げをした某居酒屋で、程々にアルコールのまわった堀部店長から「伊丹さんの次は小津さんなんてどうですかねえ」と提案されたことにはじまります。おなじく程々に酔っぱらっていたぼくは、さして考えることなく「いいねえ、やろうやろう」と即座に応えてしまったのです。今にして思えば、それが運の尽き。後で「なんて大それたことを……」と我に返っても時すでに遅し。

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でもやるんだよ!

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小津安二郎は日本はおろか、世界の映画史を語る上でもまず最初に名前の挙がる作家であり、古今東西ありとあらゆる評論家やシネフィル(映画狂)たちによって、さまざまな角度から論じられてきた映画界における最重要人物のひとりです。これまで俎上に載せてきたタモリさんや伊丹さんについてだって、多くの人たちによって語られてきました。ただ、その厚みや密度といった点では小津さんと比較にならないわけで、そこに付け入るスキのようなものがあったからこそ、ぼくたちがテーマにする意義やポイントがタモリさんや伊丹さんの方が、より簡単に見いだせたのです。

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ビッグ・ウェンズデーにかぎらず、トークショーのテーマ決め/そのためのディスカッションというのは、楽しくも難しい作業です。ただ、いつか小津さんを取り上げたい……というイメージは、堀部くんから提案を受ける前にぼんやりと温めていたような気がします。というのも、小津さんについて考え、語ることが楽しくも難しい作業だからに他ならないからです。

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小津安二郎の映画について、見ていてストンと腑に落ちるような感覚を持てたのは、ほんとうに最近のことでした。正直10年くらい前までは小津さんの作品をそれほどしっかり楽しんでいるわけではありませんでしたし、どちらかと言うと「オトナの嗜みとして見ておかなくては」という意識でチェックしていたにすぎなかったのです。その<腑に落ちるような感覚>を得たきっかけ───じつは小津さんの何かの作品によって、ということではなくて、小津さんの同時代に生きた別の監督たちの作品世界を経由することが、ぼくにとっては必要でした。

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たとえば成瀬巳喜男、あるいは清水宏、そして溝口健二。こうした小津さんと同時代に生きた監督たちの諸作品を数年前にまとめて何本か見る機会があり、ぼくはその大半の作品に感銘を受けました。しかも小津さんの映画を初めて見たときよりもだいぶ直截的に。そのときに受けた体感がひとつの契機となって、小津さんの作品についても「ああ、こう見ればいいのか」というツボというか、押さえどころのようなものを感覚的に掴めたのだと思います。それ以降、今までとは違った感覚で小津作品を楽しむことが出来るようになり、その中でもとりわけ心惹かれた作品が『東京暮色』でした。

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小津さんの映画ってそんなに難しく見る必要があるものなのかな? と疑問を感じることさえあります。ぼくが今回『東京暮色』という一般的にも、批評的にも、小津さん自身の評価さえ高くない作品であり、小津さんのフィルモグラフィーの中でもとりわけ暗い(と考えられている)作品を選んだのも、じつはその思いによるところが多いのです。たしかに『東京暮色』には悲劇的なエピソードも多く、親子の断絶、太平洋戦争の残像なども投影されていて、雰囲気は暗い作品です。一方で、けっして難しくて、とっつきにくい作品ではありません。腹を抱えて笑えるような部分は皆無ですが(くすりと笑えるシーンはいくつかあります)それでも実に小津さんらしいあたたかな筆使いで描かれたパートが散りばめられ、彼の信条とする美学が画面の至るところに溢れています。

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小津さんというのは常に美こそを最上としてきた監督だと思うのです。美しい人、美しい物語、美しい言葉、美しいユーモア、美しい空間、美しい出会い、美しい別れ。美こそが総てであり、美こそが映画である、と信じて撮りつづけた監督なのではないか、と。そういう意味では『東京暮色』とは美しい死というものを切り取ってできた作品と言えます。北鎌倉の円覚寺に眠る小津さんの墓石には、たった一文字「無」と掘られていることが知られていますが(ぼくも何年か前に訪れて、手を合わせました)そうした小津さんの思想に則れば、美の反対側にある言葉は「醜」や「汚」ではなく「無」なんじゃないか。つまり無とは美しい死である、と。

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映画評論家の方々やシネフィルたちにケンカを売るつもりは毛頭ありませんが、読み解く価値のあるすばらしい作品ほど、既存のクリティークの存在のせいで自由に読み解くための余地を奪っているような気がします。小津さんの映画だってそんなに難しく観る必要なんてないし、『ジョーズ』とか『釣りバカ日誌』のようなあまたある娯楽映画と同様に愉しめばいいのだと思います(言うまでもなく『ジョーズ』にも『釣りバカ日誌』にも読み解く愉しさは備わっています)。小津さんの映画はそういう鑑賞スタイルを受け入れるだけのキャパシティを十分持っているのです。だからこそ、今までとは違う扱い方で、この『東京暮色』について語ってみたいなと考えています。しかしそれはごく個人的な視点から、ということになろうかと思います。

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これまでのビッグ・ウェンズデーに来てくださった方々には、まちがいなく面白い回になると思いますし、初めていらっしゃる方にも楽しんでいただけるはずです。ぼくの選んだ『東京暮色』、堀部店長の選んだ『お早よう』の二作品については、予習のつもりで見てきていただくのがベストではありますが、未見の方も大歓迎です。蒸し蒸しとした京都らしい暑さが堪える季節になってきました。仕事や学校帰りのひととき、コテージでさっぱりしていただければ嬉しいです。美味しいお酒やコーヒーなどもご用意してお待ちしています。

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