ornette

 オーネット・コールマンが亡くなりました。詳しい死因はわからないけれど、マンハッタンにおいて不整脈で心停止したという事実だけ、遺族によって公式発表されています。享年85歳。あのシッチャカメッチャカな時代を生き抜いたジャズマンとしては大往生じゃないでしょうか。
 ぼくが初めて買ったオーネットのレコードは『Something Else!!!!: The Music of Ornette Coleman』(1958)か『FREE JAZZ』(1961)のどちらかだったと思います。大学生の頃、ジョン・ゾーンや彼のバンド”ネイキッド・シティ”にかぶれたぼくは、フリージャズのオリジネーターであり、ジョンが師と仰いでいたオーネットの音楽に触れないわけにはいかなかったのです。
 オーネットの音楽は、他のフリー系のミュージシャン───たとえばアイラーとかセシル・テイラーとは違って、どんなに混沌としていてもシリアスになりすぎず、陰ではなく陽、死よりも生を感じさせ、どこか長閑でおおらかな───まるで村祭りの音楽のような軽やかさが漂っていて、いっぺんに好きになりました。
 今、レコード棚を漁ってみたところ、全部で15枚、彼のアルバムが出てきました。今ならYouTubeで適当に漁って、わかったような気になればいいのかもしれません。そんな効率のいいお勉強方法は当時無かったので、せっせと中古盤屋へ通って、食費を削りながら手に入れた愛着の強いレコードばかりです。初期の作品が八〇年代後半にアナログで一気にリプロ(再発)され、比較的安価で、集めやすかったという事情もあります。

物持ちだけは良いぼく。資料棚から1992年のオーネット来日公演の時、会場でもらったチラシが出てきました。
物持ちだけは良いぼく。資料棚から1992年のオーネット来日公演の時、会場でもらったチラシが出てきました。
 そんななか───1992年6月のことですが、彼がサントラに全面参加したデヴィッド・クローネンバーグの映画『裸のランチ』公開記念として、来日公演が実現しました。
 当時、汐留にあった東京パーン(パナソニックがスポンサードした期間限定のバブリーな小屋)が会場でした。実はこれがぼくにとって生まれて初めて見たジャズコンサートです。
 映画の音楽監督だったハワード・ショア監修のもと、オーネットのグループはトリオ編成で、息子のデナード・コールマンがドラムス、そしてベースはバール・フィリップスがメンバーでした。ステージには三面のマルチスクリーンが組まれ、彼らの演奏映像や『裸のランチ』からの映像、また<バロウズの60年代の日本未公開映像『TOWERS OPEN FIRE』『CUT UP』が巨大スクリーンでカットアップ>(パンフレットより)されるという、当時としてはなかなか画期的なライヴでした。
 そのとき実はオーネットのプレイ以上に、デナードのドラムにぶっ飛んだ記憶が強いのですが、それでも彼独特の澄んだアルトの音色───特にアンコールで演奏された「Dancing In Your Head」の残響は、いまでも頭のなかにありありと再現することができます。
 何年か前、ひさびさに決まっていた来日公演が、彼の体調不良で中止になったというニュースを知った時から、いつかこんな日が……と覚悟はしていたけれど、実際こうやって亡くなってしまうと、もう一度くらい生で演奏を聴いておきたかった……と、詮無いことを考えずにいられません。