grv2000

BIG3 from “グルーヴィーブックリビュー2000”
1999 September

フジテレビ編
『タモリの笑っていいとも! Part1 世界に広げよう友達の輪ッ』(サンケイ出版)

タモさんは休まない。何年か前までは夏休みを取ってどこかに出かけてた記憶があるけれど、最近はまったく休んでいる気配がない。事件を起こして休んじゃうたけし、盆暮れ正月にはキッチリ休んで海外出かけているさんまと違って、タモさんは同じ時間、同じ場所で毎日働いてる。笑いの世界で”安定”を売りにするのは、古典的な”型”で勝負する芸人さんと相場が決まっているけれど、タモさんにはその”型”すらない。オチが無いときもあるしなぁ。さほど面白くもない笑い話や、どうでもいいうんちくを一方的に投げつけてボンヤリほったらかし。この本で「テレフォンショッキング」開始当初のタモさんを確認しても、そのプラスティックなタモ・スタイルはおんなじだ。安岡力也に対しての「今までで一番飲んだ記録はどれくらいですか? 量として」といった質問は、安室奈美恵に「顔、小さいねぇ〜」と訊ねる昨日のタモさんとなんら変わりないのである。

日本テレビ編
『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)

『元気』が元気だった頃はニホンも元気!! だったのに今じゃ番組の元気もニホンの元気もすっかり無くなりました。思えばバブルの時代に最も元気だった企業がこの元気が出る商事。元気が出る商事って北野菊次郎が創業者だったことや、謎のテロ組織「8月のペンギン」に狙われていたことを君は覚えているか? たけし猫まねきはともかく、松方部長の「弘樹たぬきブラブラ」は思い出せるのか? ガンジー・オセロが奇跡を起こし、大仏魂は全国行脚、河童、半魚人や地底人がこの世に姿をあらわした八〇年代のニッポン。サブカルチャーをエンターテイメントに巻き込んでいく吸引力と強引さ(と金)もあの頃のテレビにはあった。でも、懐かしがってばかりもいられない。受け手から作り手に成長した僕たちが今の日本を元気にしなければ誰がやるんだよ! と。夏休み(三田格&水越真紀)も編集に参加していたこの『元気』本。俺にとっては読むバイアグラ。

明石家サンタの史上最大のプレゼントショー
『明石家サンタの腹をかかえる悲惨な話』(KKベストセラーズ)

たけしはもちろん、タモさんには植草甚一のレコードコレクションを譲り受けた話(ミルクマン斉藤さんが多重録音で作った即興テープをタモさんが気に入って、トランペットをプレゼントした話も最高)があったりと、この二人は日本のサブカルチャーの歴史に意識的だ。現状、そういう部分も含めてのタモリ&たけし人気があると思うのだけれど、さんちゃんにはサブカルへの興味が微塵もない。この本の中でさんちゃんはこう書いている。 「サッカーとお笑いには自信あった。勉強は興味あらへん。音楽のテストでシューベルトとシュバイツアーを間違えて書いたこともあったな」と。そんなさんちゃんが他人を笑わせること以外の余分な知識に興味を持つはずもない。初期衝動と本能だけで笑いに立ち向かうさんちゃんはだからカッコイイんだなぁ。「今年で三十、知っとるけのけ?」オレも今年で30歳!