昭和三十九年八月(四)

 山荘は建築的なトラブルだけでなく、登記関連にも重大な不備が発覚していた。担当の信販会社が法務局に提出すべき書類を金庫に入れたまま、放置していたのだ。別荘はおろか持ち家も無いぼくには、具体的にどう問題なのかはよくわからないが、とにかく大きなミスだということは想像がつく。
 東京から山に戻ると、すぐさま百合子はクレームの電話を管理所から入れて(武田山荘には電話はない)、電話口の相手に叱り飛ばした。その怒気があまりに凄まじくて、居合わせた管理所の人々は別の部屋に逃げ、聞き耳を立てていたらしい。その夜、信販会社の人間がお詫びのメロンを持ってわざわざ東京から山荘へ飛んできた。翌十九日は泰淳が同じ件で管理会社の人間に対し、これまで溜めに溜めてきた怒りをぶつけた。

怒りだしたら声まで震えてめちゃめちゃに怒りだしたので、本社の人は蒼ざめてしまう。わたしは今日はにこにこしていた

 やはりどこか似たもの夫婦なのだ。ふたり揃って怒りを目一杯ぶちまけたせいか、二十日の日記は「今日は何にもなかった。ぼんやりして暮らした」の一行だけで終わっている。

 夏休みもとうとう終わりに近づいてきた。季節は晩夏へと移り変わっていく。

夏の客は帰りはじめたのか、管理所はひっそりとして、従業員も退屈そうにしている。売っている茄子など、しなびている。(八月二十四日)

 この夏、最後の大仕事は石門の建設、そして、相変わらず不備の多いトイレまわりの全面的な修理だった。

関井さんと外川さん[石屋のおじさん。石屋の社長]に、入口に石門を造る相談をする。主人が、作りたい石門の按配を絵に書いて説明すると、二人ともすぐよく判る。(八月二十七日)

午前中、管理書本社へ下って、まだ直りきっていない浄化槽のこと、便器のこと、早く取り替えるように話す。帰り、勝山村のK開発の飯場に寄り、石井さんに台所の戸棚の建付け手直しと、仕事部屋の雨のふきこみも見るように頼む。(八月二十八日)

 この二十八日の日記。『富士日記』という長い長い本の中でも指折りの”ツカミ”が登場することで印象深い。
 出来事をおおまかに説明するとこうだ───夕方四時、便器の取り替え工事のために工務店の社長である市川さん、彼が雇っている大工、そしてふたりの女衆の計四人が山荘にやって来た。
 工事のスタートは午後四時とやや遅く、作業がすべて終わらぬうちに定時となった。そこで男女ふたりが先に帰った。市川さんは残った女にも先に帰るよう、何度も促したが彼女は聞かなかった。結局、最後まで市川さんと仕事をして帰った。彼らが作業を終えたのは午後十時のことだった。

女の人は四十位の小柄な静かな人。市川さんのそばにしゃがみこんで便器を一緒に眺めたり、臭いをかいだり、取り外した便器を抱えて庭まで運び出したり、まめまめしく働く。話している様子では、子供が三人あって農家の主婦のアルバイトらしく、市川さんに雇われているようだ。(中略)取り外した便器にはひびが入っていた。女の人は汚れている便器を抱えて運びだしながら「工事がわるいのではねえだ。市川さんがわるいのではねえ。便器が悪かっただ」と、私にいった。市川さんと女の人が帰るとき、女の人に、子供さんにといってパイナップルのかんづめを二つ包むと、かぶっていた手拭をとって嬉しそうにおじぎをして、市川さんにまとわりつくように真暗な庭の坂道を上っていった。(八月二十八日)

 文字どおりの汚れ仕事をする男、そんな彼を甲斐甲斐しくサポートする女。しかしふたりにはそれぞれ別の家庭がある。百合子が感じとった、大人の男女の醸す気配は文章にじんわりと滲んでいる。ここまでの日記には決してなかったことだ。
 闇の中へ消えていく彼らの背中を見つめながら、百合子が心に浮かべていた言葉は日記のなかに書かれていない。なぜなら第二回のなかで触れたように、彼女は日記のなかで述懐───すなわち心境を述べることを泰淳に禁じられているからだ。
 そのかわり百合子は少しズルい手を使って、この日の出来事を述懐している。

百合子が俺にしゃべったり、よくひとりごと言ってるだろ。あんな調子でいいんだ。(武田百合子「絵日記のように」週刊朝日編『私の文章修行』より)

 同じ第二回のなかでも引用した泰淳のこの言葉を逆手に取ったのだ。翌日の日記のなかにこう書いている。

今朝、ごはんを食べていて、私は昨夜の女の人と市川さんの話をする。「あの二人、山で恋愛してるんだなあ」と。(八月二十九日)

 百合子は泰淳だけでなく、花にもこの話を聞かせたのだろうか。もう中学一年生とはいえ、娘もまじえた朝の食卓を囲んで、あっけらかんとするような種類の話ではないとも思うのだが。しかし、百合子が誰かにしゃべったことなら書いてもよいというのがこの日記のルールだ。いずれにせよ彼女が昨夜感じたことを、百合子は家族の前で声にし、それを日記に記録した。

 それにしても。
 山で恋愛する───なんて無邪気で、正鵠を射る表現だろう。
 百合子が市川さんたちの姿から感じとった恋愛というものが、実際のところどんなものだったか、それをどう想像するかは人それぞれだろう。もちろんその正解はどこにも書かれていないわけだが。
 ただ、山の恋愛をしている女へ「子供さんに」とパイナップルの缶を手渡す百合子は、ちょっとばかり意地悪だとぼくは思う。
 また考えてみれば、百合子と泰淳も山で恋愛するふたりであり、ふたりの十三年間にわたる山の恋愛の記録こそが『富士日記』なのである。