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昭和三十九年七月(四)

 富士生活一年目の武田家にとって、この夏、最大の娯楽が富士五湖を巡ることであり、富士五湖で泳ぐことだった。
 自分たちが泳ぐことも好きだったし、誰かが湖を泳ぐさまを見るのも好きだった。夏の湖を訪れていたさまざまな人たちを興味深く観察して、百合子は日記によくつけている。

精進湖では対岸の熔岩めざして、女の人がたった一人クロールで泳いで行くのを見た。藻が多いらしく黒緑色の暗い湖だ。(七月二十二日)

花子と西湖へ行く。風があって波がある。誰も泳いでいない。今年は空梅雨で、二十メートルもひいてしまって急に深いので危ないからだそうだ。藻が少なく水の澄んでいるところを探して、五分ほど花子は泳ぐ。寒いのですぐ上ってくる。熔岩の上で男が二人ギターを弾いているが、あまり広いので何を弾いているのか聞えない。肥ったおじさんがたぷたぷした猿股姿で泳ぎに入ったが、冷めてええ、といってすぐに上ってきた。(七月二十三日)

 7月23日の日記の中にはこういう文章もある。

鳴沢村のガソリンスタンドのおじさんの話では、泳ぐには本栖湖がいい。ほかは危ない。西湖が一番危ない。必ず夏は人死にがある、ということだったので、五分くらいで上ってきてよかったと思う。

 おじさんの警告を実証するかのように、数日後こんな新聞記事を百合子は見つけ、日記にメモしている。

山中湖で一人、河口湖で一人、田貫湖で一人、昨日死んだと出ている。(七月二十七日)

 たしかに本栖湖では一人も死んでいない。かと言って一番用心しなければいけないはずの西湖の死者もいないのだが。
 それで百合子は娘のためにこんな物を準備する。

河口の町で花子の浮き輪を買う。(七月二十五日)

 湖での遊泳に、海や川よりも濃い死の影が漂う気がするのはなぜだろう。
 海のように波にさらわれたりすることもなく、クラゲに刺されたり、人喰いザメが襲ってくる心配もない。また急流に飲みこまれるようなこともないから川よりはるかに安全だと思う。
 ただ、湖というのはどんなに広く明るい場所にあっても、底が知れない感じがある。暗い水の中でゆらゆら揺れている藻や水草、あるいは湖面を漂う霧といった風景にはどこか涅槃めいた趣きがある。うっかりすると足を引っ張られて、人間の手の届かないところへ静かに運ばれていってしまうような得体のしれなさである。

 また、湖での遊泳はどこか孤独な行為である。海水浴場やプールと違い、大勢の人が繰り出して、芋洗い式に泳ぎを楽しむような場所ではない。
 このあとも夏になると、たびたび『富士日記』のなかに湖で泳ぎを楽しむ人たちが登場するのだが、ぼくはその記述を読むたび、ある漫画の、あるページに描かれた情景を反射的に頭に思い浮かべてしまう。
 その漫画とはつげ義春の『海辺の叙景』だ。作品の舞台は湖ではなく、海。1967年『ガロ』誌に掲載されたつげの傑作短編のひとつである。

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 ある夏の日、関東近郊の海岸は多くの海水浴客でにぎわっている。しかし主人公の男はジーパン履き、上半身裸にサングラスという姿で、周囲の喧騒にうんざりした表情でひとりたばこを吸っている。
 そこに海から上がってきたショートカットの美しい女がやってくる。彼女もひとりだ。お互いに何か話しかけたいそぶりだが、きっかけが無い。男はその場を立ち去る。
 次のシーン、暗く曇った空には無数の海鳥たちが乱舞している。荒ぶった波が次々と押し寄せる岩場に男は佇んでいる。振り向くと岩陰に例の女が座っている。話してみると、それぞれ東京からやってきたことがわかる。
 男の母親はこの海辺の生まれで、ちいさい時に彼も一年ばかりここで暮らしたことがあるという。男は二十年ぶりにこの街を訪れたのだ。昔日の記憶はもはや完全に薄れている。たったひとつだけ覚えていること───と言って、彼はあるエピソードを彼女に話す。それは浜に打ち上がった水死体を見た記憶である。死体は子どもを抱いた女で、獰猛な蛸に啄まれ、子どもは半分骨になっていた、という。ふたりは翌日の再会を約束し、別れる。
 あくる日は大雨。なかなか待ち合わせ場所に現れない彼女。しびれを切らして、男が立ち上がりかけた瞬間、女がやってくる。彼女は明日東京へ戻るので、泳ぎおさめをしたいという。ビキニに着替える女。ふたりは海に入る。
 彼は泳ぎが得意だ。中学の頃に一級の免状を取ったという。だが、ひさしぶりに泳いだせいか、すぐに息が上がってしまう。海の水はおもったより冷たく、彼の唇は紫色になる。しかし、すこしでも良いところを見せようと、女の言うままに冷たい海の中を泳ぎ続ける。ふたり以外は誰もいない海辺だ。黒い雲が鬱陶しく垂れ込めて、強い雨が振り続いている。それでも男は泳ぐ。そんな男の姿を眺めながら女は声をかける。「あなたすてきよ」「いい感じよ」

 この作品は千葉県いすみ市にある大原が舞台である。いわゆる外房と呼ばれるエリアだが、つげは実際このあたりで幼少の一時期を暮らした。
 漫画に出てくる岩場は八幡岬という有名な断崖絶壁だ。現在は公園などが整備され、勝浦湾や太平洋などを見渡せる観光スポットになっている。釣り客に人気の高い磯は波や風の強い日は立ち入ることが憚られるほど荒れるそうだ。また、自殺の名所としても知られている。
 つげは漫画で少しばかりの金が入った折に、外房への移住を思いつき、不動産探しさえしている(著書『貧困旅行記』大原・富浦の章に詳しい)。
 つげが移住も考えた外房の海辺と、武田一家が別荘として選んだ富士五湖の情景は、直接結びつくものではもちろんない。ただ、同時代に描き出された風俗的な空気感は共通しているだろうと思う。
 そして、それらふたつの場所に漂う死の影こそが、距離の離れた二つの水辺を水の底でつないでいる気がして仕方がないのだ。

<参考図版:つげ義春『海辺の叙景』より(共に)>