[第二十七回]ゆりこ、たいじゅん、はな〜武田百合子『富士日記』の4426日。

昭和四十年十月(三)

 10日から東京に戻っていた百合子は、別荘に戻った21日の数日前、とても地味な災難に見舞われる。

一昨日だったか、渋谷の銀行の角で、万引きかスリをやったらしく、追いかけられて逃げている男と正面衝突をして、私は道に倒れた。その男の体の硬かったこと、夜になったら痛くてよく眠れない。その話をすると、聞いた人はみんな笑いだして同情してくれない。(十月二十一日)

 周囲からあまり心配してもらえず、憤る百合子の気持ちはわかる。いっぽうで同情よりも先に笑ってしまう人たち(特に泰淳だろう)の気持ちもわかる。悲劇と喜劇が表裏一体である証拠だ。

 約二週間ほど別荘を空けていたあいだに、季節は秋から冬へと移り変わろうとしていた。百合子はそんな変化を敏感に感じ取って、こう書いている。

今日は富士山は五合目位まで雪をつけ、その下は紅葉の色であった。いま頃の富士山の雪は、柔らかくうっすらと砂糖がかかったようで、真冬のように光らない。庭のニシキギはすべて紅葉した。四十雀が十羽位ずつの集団で、あちこちの枝にとび移って鳴く。子どもが大きくなって飛ぶ練習をしているらしい。(中略)下の高原に一軒建ったプレハブ住宅の窓があいている。赤いセーターの人が出たり入ったりしている。冬近く、アルプスがはっきりと見えるようになった。(同日)

 世界で初めて人工雪の生成に成功した中谷宇吉郎の『雪』という本はごぞんじだろうか。斎藤茂吉の『万葉集歌』や武者小路実篤『人生論』などとともに、岩波新書の創刊時のラインアップの一冊だった。出版から80年以上経った現在も、変わらず読み継がれている名著中の名著である。
 中谷は東京帝国大学時代に寺田寅彦から教えを受けた物理学者で、師の影響もあってか、随筆家としてもよく知られている。雪の世界的権威となった彼は、専門用語や難解な数式の記述ではなく、きわめて平易な言葉をつかって、雪の不思議や研究のおもしろさについて語ることにした。それがこの『雪』という本だ。
 雪害だけでなく、台風や地震など、常に自然の猛威にさらされてきた日本人が、厄災といかに向き合ってきたか。中谷はこう書いている。

我国の人は、すべて自然の災害に対しても何となく静かな気持でこれを受け入れている傾向が強いように思われる。『雪華図説』あるいは『北越雪譜』あるいは『万葉集』、『古今集』、あるいはまた俳諧随筆などに現れる雪は、いずれも陽気な観察あるいは諦観、最も多くはこれを賞玩するような傾向をもっている。勿論このことを必ずしも日本人の悪癖であるとのみ言い去ることは出来ない。むしろ泣き言に終止しているよりも、このように明るい気持で扱っている方がよいのかも知れない。(中略)眼に触れるもの、新しい経験をするもの、苦しめられているもの、楽しんでいるもの、これらを美しく詩化し美化して表現することに妙を得ている日本人の性質を私は一概にけなそうというのではない。(中谷宇吉郎『雪』(岩波文庫P53〜54より))

 世界にも類を見ない自然災害の多い国に暮らしつつ、その脅威に対してあまりに穏やかであること───日本人の国民性というのは今も変わらないし、遺伝子に長く組み込まれた基本的姿勢だろう。しかし、それをもっと真摯な目で観察し、克明に記録した人物が歴史的にもっと多かったら、積み上げられたはずのデータはさぞ価値あるものだったろう、と中谷は残念がっているのだ。

 百合子が日記にしたためたような些細な記録は、中谷博士にとって〈美しく詩化し美化して表現〉したものに過ぎないかもしれない。ただ、それもまた彼女が書き留めなければ、知ることのできなかった貴重なメモワールである。

コンニャクを買おうとしたら、一枚が座布とん半分ほどの大きさなので、おどろいて八分の一ほどに切ってもらって買う。「否かはこれが一個なのよぉ。小さく切るのは、これ位まででかんにんしてねえ」と言うので、八分の一にしてもらったが、それでも、おでんに入れたあと、味噌煮にして、まだ余る。黒くて草みたいなものが入っていて、おいしいような気もするが。(十月二十三日)

 そういえば、こんにゃくってどうやって作るんだろう、とこれを読んで思った。蒟蒻芋が原料なのは知っている。たぶんそれを粉かなにかにして、練って固めているんだろうな……くらいの想像はつくけれど。
 で、すこし調べてみた。いわゆる昔ながらの製法と、スーパーマーケットなどで売っている大量生産のこんにゃくでは、ずいぶん作り方が違うみたいだ。
 ぼくたちがひと袋何十円かで買っているものは「生詰め製法」といって、原料を湯で溶いて糊状にし、水酸化カルシウムなどの凝固剤を混ぜたら、商品の袋の中に直接注入。それを袋ごと茹でて完成させる。どうりでこんにゃくを取り出すと、両端が袋そのまんまの形をしている。
 いっぽう昔ながらの製法はこうだ。湯ではなく水で原料を溶き、時間をかけて撹拌して、糊状にする。そこに凝固剤を混ぜ、一斗缶のような箱型に流し込み、熱湯で型ごと湯煎。それをひと晩くらい熟成させる。固まったこんにゃくを型から取り出し、切り分けて商品にする。これを〈缶蒸し製法〉と呼ぶ。大きさからして、おそらく百合子が買ったこんにゃくは、後者のようなスタイルで作られたものだったのだろう。

 食べ物がらみの記述をもうひとつ取り上げておく。

隣りの林の中に透けて見えた赤い実の枝をとってきてサントリーのびんにさした。赤いうるしを塗ったようなつやつやした実。図鑑でひくと、スイカズラ科の”がまずみ”または”こばのがまずみ”。食べられると書いてある。食べようとすると主人、私の手をつかんで「やめろ。七転八倒だぞ。野菜を食べていればいいんだ」と言う。「ふらふらと散歩に出かけて、やたらと道ばたのものを口に入れるんじゃないぞ。前に死にそうになったのに懲りないのか」と、圧しつけるようなふるえる声で怒る。(十月二十九日)

 食べられそうなものは、なんでもまず口に入れてみる人っていますね。男性よりも女性に多い気がする。相手が家族の誰かならきっと泰淳のように叱るけれど、それが気になる異性ならちょっとセクシーだと感じてしまうのは、ぼくだけだろうか。

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