昭和四十年四月(二)

steambath 一週間後の四月八日にふたたび百合子と泰淳は山荘へと戻ってきた。山の春はまだ遠く、深沢七郎からもらった梅の苗木も寒さのせいで芽がちぢくれていた。
 夜になって風雨が強くなり、風呂が炊けなかったため、赤坂から持参してきたスチームバス(家庭用サウナ)に泰淳が入浴する。

主人こわごわと入ってみてから、気持がよかったらしく上機嫌。スチームバスに入りながらビールを飲んでみたいという。スチームバスに入っている恰好、獄門首のよう。(四月八日)

 翌九日、昨夜のスチームバスでテンションが上ったのか、ひさしぶりに泰淳が長い日記を書いている。

ポコはぼくのハナをかんだ紙をほしがる。紙を鼻にあてがう、その音をきいただけで、すぐにこちらに注目して駆けよってくる。(中略)そんなに一生懸命になる必要がない品物のはずなのに、夢中になって前足でひっかけているところは可愛い。(中略)たまには、ハナで濡れた紙(塩分があるためだろうか)を、いつまでも噛んだり、いじくったりして、しまいには半分以上もたべてしまうこともあるが、たいがいはくわえて行って、すぐ止めてしまうのであるから。カミサマが人間の一生懸命の行為をながめなさったら、ぼくがポコの行為をおかしがる、その気持とおんなじではなかろうかと、よく思うのであるが。(四月九日)

 飼い犬の無邪気なふるまいを神さま目線で語ってしまうあたり、さすが大作家であるが、そういえば百合子のことを「ポチ」と呼んでからかっていたのも泰淳である。

仕事部屋の掃除をしながら、ものめずらしげに本を覗いている私を、武田はおかしがったものである。「やい、ポチ。わかるか。神妙な顔だなあ」と。

 彼女の実質的な作家デビュー作となったロシア紀行『犬が星見た』のあとがきの一節である。きっとこの時の泰淳もまた、カミサマが人間を眺めるような、人間が犬を眺めたときのような気持ちだったに違いない。

 次の日記……四月十九日も泰淳が筆をとっている。

百合子がぼんやりしていて渋谷の方へ車を向けたので、御殿場まわりで来ることになった。百合子はときどき突然放心状態におち入ることがある。それには馴れているのだが、運転していてもなるのかと思うと不安になる。(四月十九日)

 運転中に放心……さすがに不安になるだろう。以前にも書いたが、この時代は俗に「交通戦争」と呼ばれ、モータリゼーションに拍車がかかるのと比例して、年間に交通事故で四十万人近い人が亡くなっていた。道路状況も、運転者のモラルも、車の安全性能も今とは比較にならないくらい低かった。
 ただ、この百合子の「性質」は、昨日今日の話ではない。
 『文藝別冊 武田百合子』に掲載されている実弟・鈴木修さんのインタビューにもこんなことが書かれていた。

小さいときはすごく明るくて、一緒にゲラゲラ笑ったり話をしたりしていたんだけど、女学校に入ってからは、戦争の影響や思春期ってこともあっただろうけど、はじめから終わりまでゲラゲラ笑ってるって感じではなくなった。明るくてものすごくはしゃいでるときと、パタッとなんか考え込んでいるようなときがあって、両方がわりとはっきりしてましたね。子どもだからみんなそういう性質があるんだけど、躁鬱症的な、ね。

 幼いころから身近に百合子を見てきた弟さんの分析のとおり、子どものときからの「性質」を持ったまま、彼女は大人になり、妻になり、母となったのであろう。
 そんなまわりの心配をよそに、彼女は運転中に見かけた菜の花畑に目を奪われていたのだった。

まるで幕があがったばかりの「お夏狂乱」の舞台そっくり。一めんの、しいんとした、眼をみはるような菜の花畠。この前みて通ったころよりも盛りを過ぎたらしく、車の窓をあけると、粉っぽい、うつらうつらした、こやしのような臭いがする。(四月十九日)