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 三回目ですが、今回は二階の話。
 いや、二階の話ではなく、実は一階の話なのだが。
 まどろっこしいですね。
 まあ、しっかり説明しますので。

 店の名前は「イタリヤ軒」。
 イタリアではなく、イタリヤ。松山のロコなら間違いなく言い分け可能な、有名な老舗の鉄板焼き店である。向かって右隣にある「すし丸」と並び、ちょっと高級な店として知られている。
 実際のところ、ぼくも今回初めて出かけてみたのだ。

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 特にある世代から上の人なら───そこに自分も含まれるのだが、映画の上映前に流されるコマーシャルフィルム(昔はよく封切り前の作品の予告編だけでなく、地元の飲食店や遊戯店関係の宣伝が流されていた)で必ずと言っていいほど、この「イタリヤ軒」のCFがかかっていたことをよく覚えているはずだ。
 いかにも上等そうなコックコートに身を包んだシェフが、鉄板の上でカリカリのガーリックとともに、見たことないくらい分厚い牛肉を焼いている───そんなド直球きわまりない演出の映像が、映画を見る前の高揚した気持ちと良い具合に絡まりあって、幼少の頃からぼくの頭の一番いい場所に収まっている。

 それはぼくだけでなく大人もそうだったようで、うちの両親もその例外ではない。
 高校の入試前にも、大学の入試前にも『合格したらイタリヤ軒』とほのめかし、馬の鼻の前に吊る人参のごとく、あの分厚い牛肉のイメージをぼくの鼻先に括りつけたものだ。
 進学には多額のお金がかかるわけだし、父母にとっても「イタリヤ軒」のジュウジュウと匂い立つステーキの映像は自分たちを奮い立たせるエネルギー源のひとつだったのかもしれない。
 しかし、どちらの学校に無事合格したあとも、残念ながらその約束は果たされなかった。

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 そんな「イタリヤ軒」は松山のメインストリートのひとつ、大街道から路地を少し入ったところにある。
 そこは四国随一の巨大歓楽街の入り口でもあり、子どもがおいそれと足を踏み込む場所でもなかった。そもそも高校生までの自分にとって、その周辺にはなんの目的地も無かったし、やはりそこは子どもには気軽に寄りつくことのできな場所だった。目に見えて怖いというわけではないのだが、昼間でも静かな殺気が漂うエリアだった。

 だから、実際のところ「イタリヤ軒」がどれほど高級なのか、そこで食事をするといくら位かかるものなのかも、知らなかった。わざわざ店まで行って値段を確かめようなんてことさえ、思いつかなかった。学校の帰り道にレコード屋や本屋へ行ったり、買い食いをしたりしているエリアから三十メートルも離れてないところにある「闇」。
 何か気になることがあれば、指先の動きひとつで暗闇をスマホが照らしてくれる時代に生きている人たちには想像さえできないかもしれない(だからもっともっと深い「闇」に飲み込まれてしまうのかも……)。

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 ともかくぼくがその「イタリヤ軒」へ行ってみようと思いたったのは、比較的、最近のことである。
 ある日、店の前を昼時に自転車で通りかかったとき、二、三人のサラリーマンがそこから出てきた。年齢はぼくとさほど変わらないくらい。部長でも専務でもなさそうな、ちょび髭でも社用車でもなさそうな、普通のサラリーマンだった。
 慌てて自転車を降り、入口横にあるガラスのショーケースを覗きこんだ。
 蝋細工の食品サンプルに添えられていた金額に思わず目を疑った。両親が受験の前、マントラのように繰り返し唱えつつ、合格発表後はいっさい口にしなくなる、あの「イタリヤ軒」がそんな、まさか……。

 結局のところ、じつに庶民的な金額だったのだ。もちろんそれはオムライスやカレー、ハンバーグといった、いわゆる洋食アラカルトの値段にかぎった話だし、ステーキや鉄板焼きはおいそれと手が出るような価格ではなかったのだが。

 つまり「イタリヤ軒」は、誰にでも手が届く洋食メニューを一階で食べることができ、二階の専門フロアへ階段で上がって高級なステーキ類を楽しむ───そんなふたつの顔を持つ店だったのである。
 ぼくはその場でヘナヘナと崩れ落ちた。そして路上に倒れた自転車にすがりついて泣いた……というのはウソだが、憧れ続けた店のなかに、今すぐにでも飛び込めることに驚いたのは事実だ。
 そのままなし崩しに入店してしまうという選択肢もあったが、思うところあって、この日は食べずに帰った。

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 後日、ぼくはその辺の事情を伏せたまま、母にメールで『今度「イタリヤ軒」でランチを食べないか?』と誘った。母がどう思ったのか知らないけれど、すぐに承諾の返事が来て、つい先日、ふたりで食べに行った。よくよく考えたら、母とふたりきりで食事すること自体、何十年ぶりかのことだったのだが、それはこの食事会の本題ではないので、忘れることにした。
 少なくとも「イタリヤ軒」へ食事に行く顛末はこの場で報告したいと考えていたし、それならひとりで行くよりも呪文の主である母親といっしょに行くほうが書くときにおもしろいんじゃないか、と考えたのである。

 正午過ぎに母とふたりで店へ入った。先客はいなかった。夢と魔法と牛肉とフライドガーリックの王国であるはずの「イタリヤ軒」は、拍子抜けするほどカジュアルな雰囲気だった。
 フロアには上品そうなマダムがひとり。どこでもどうぞ、と彼女に促され、店内があらかた見渡せる壁際のテーブル席へ座った。
 メニューを見ると、セットもアラカルトもほとんどの値段が三桁。ちなみにランチメニューはこちらですよ、と、マダムが水と一緒に差し出してくれたのは、葉書大のくたびれたボール紙。それはボールペンで手書きされたランチオンリーのメニューだった。

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 ぼくはちょっと奮発して、1,400円のAセットを、母はさんざん迷った挙句にグランドメニューからハンバーグとエビフライのセットを選んだ。

 各テーブルには大きめの花が活けられた花瓶、三角折りの紙ナプキン、塩、ウスターソース、あとはアイランドドレッシングがセッティングされている。
 四人がけのテーブルと二人がけのテーブルが数脚ずつ並び、入口横には女性週刊誌やスポーツ新聞さえ置かれていた。
 恰幅の良い三人のサラリーマンがあとから賑やかに入ってきて、メニューも見ずにオムライスやポークカツカレーなどを注文した。

 ミズモト家にかかっていた「イタリヤ軒」の呪縛はこの時点で完全に解けた───と言いたいところだが、肝心なのはやはり二階の存在である。
 入口のすぐ左にステーキコーナーへ上がる階段があった。威圧感も高級感もまったく感じない。人の気配もしない。二階から伝わってくるのは、ただしんとした静けさだけだった。しかし、そこを上がれば待っているのはひとり一万円オーヴァーの鉄板焼きなのだ。

 母もその階段の存在にそれとなく意識を向けてはいたが、特に話題にしなかった。
 運ばれてきたランチセットを適当にシェアしながら(昔ながら……と言っては芸がないが、料理はもちろんのこと、付け合わせのポテトやインゲン豆のバターソテー、あるいは丁寧にシャトー切りされた人参のグラッセに至るまで、親との外食というイヴェントに相応しい「これぞ、洋食」といった安心の美味しさだった)いろいろと話をしたけれど、階段の先のことはなんとなく触れずしまいだった。

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 日本全国どこもかしこも煌々と明かりを一晩中ともしつづけ、大人も子供も、なんの分け隔てなく買物や食事に立ち寄れるような店ばかりになってしまった。それが街のためには良いのだろうか。それで街は生き残っていけるのだろうか。踏み込めない露地、上がれない階段、入りにくいドア……でも中からは誰かの楽しげな声が聞こえてくる───そんな場所が適当に残っているくらいが楽しいと思うのはぼくだけだろうか。

 たとえばそれは「イタリヤ軒」の二階。
 もはや合格の二文字とは縁遠い人生を歩んでいるぼくなので当分行けそうにない。
 だが、この日の食事はぼくが母に奢った。

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イタリヤ軒
住所:愛媛県松山市二番町2-3-5
電話:089-921-3037
営業時間:11:00~14:00 / 17:00~22:00
定休日:月曜

愛媛県松山市二番町2-3-5