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 前回が「ぶたカレー」だったから……というわけではないけれど、今回もなぜか豚にちなんで、三津浜焼きのお店「とんとん」を紹介しようと思う。

 三津浜焼きとは、明治時代に流行した一銭洋食の流れを汲んだ、街のソウルフード。
 小麦粉を水で溶き、薄くクレープ状に焼いた生地……いわゆる”台”の上に、キャベツ、うどんやそばなどを載せることから、地元の人たちは<台付き>と呼ぶ。
 そのスタイルの類似性もあって、広島風お好み焼きの原型なんてことも言われている。

 場所は伊予鉄の三津駅から1km弱。歩くと決して近くはない。上に遮るものがほとんど無い道なので、特に暑い日や天気の悪い日にはちょっとしんどい道のりである。しかもこの周辺には、美味しい中華そばを食べさせる大衆食堂や、お昼どきには行列もできるうどん屋などがあり、空腹時には誘惑が多いルートなのだ。でも、もちろん我慢して歩く。
 住宅街のなかの小さな路地を入ったところにお店はある。曲がり角の目印はお好みソースの赤いのぼり。これを見過ごすと、たぶん永久に着かない。

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 さて、ようやく目的地「とんとん」に到着である。
 しかし見た目は民家。というか、完全に民家そのもの。
『ねえ、これって家じゃん?』と誰もが口にする。もちろんぼくも最初はそう。
 玄関(正確には店だから入口、か)のまわりには、手入れの行き届いた鉢植えがいつもたくさん並んでいて、年中きれいな花を咲かせている。

 暖簾をくぐって店に入ると、靴を脱ぎながらまた声が出る。
『やっぱりこれって家だよね』
 目に飛び込んでくるのは見まごうことなき居間。
 畳敷きの和室に液晶テレビ、人形ケースにはおもちゃ、民芸品、マスコット、招き猫などがズラリと並べられている。きっと常連さんたちが持ってきたものだろう、豚にちなんだものが多い。
 暑い季節には扇風機、寒くなるとストーブが鎮座する。

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 厨房というより台所と呼びたい調理場。そこに設置されたいつも美しくピカピカに磨かれた鉄板。そのうえでおばちゃんがひとり三津浜焼きを焼く。
 座席はその鉄板のまわりにわずか四つ。

 ここをあぶれた人はさっきの居間で空きを待つことになるが、常連さんのほとんどは電話で注文し、自宅や職場に持って帰って食べる。
 理由はたぶんこの店に<禁酒・禁煙>という決まりがあるからだろう。
 禁酒はおばちゃんが酒飲みが嫌いだから。
 禁煙はおばちゃんが喘息を持っているから。
 夏の暑い時期などは特に、三津浜焼きにビールなんて最高だろうな、と思うけれど、ぼくはこの店の雰囲気をこよなく愛しているため、テイクアウトしてどこか外で……なんて気持ちにはなったことがない。

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 そういうルールがあるせいか、この店で相席するのは妙齢の女性ばかりだ。
 マダムたちと呉越同舟で焼き上がりを待っていると、そんな距離感なので、たいがい会話に巻き込まれる。
 いつだったか、ここでおばちゃんの友だちが振り込め詐欺の被害にあった話を聞いた。
『○○ちゃん(ちゃん付けだがもちろん六十代以上)にあんたは騙されとんのよ、っていくら説得しても聞く耳をもたなかった』そうだ。
 最終的にATMの現金投入口を手で塞ぎ、実力行使で止めようとしたんだけど、○○ちゃんは結局お金を振り込んでしまった。
「騙されとることは自分でもわかっとったんよ。でもプライドが高いけん、わたしらが正しくて、自分がまちがっとんが許せんかっただけやと思うよ」
 彼女はうどん入り台付きをコテで切り分けながら冷静に分析していた。

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 最近のB級グルメにありがちな定義が三津浜焼きにもある。
 ちくわ、牛の背脂、天カス、うどんやそばが入っていること、そして半月形に真ん中で折りたたむこと。
 このすべての条件を満たしている有名店にも行ったことがあるが、とにかく脂分が多いせいで、お店で食べると服は臭うし、けっこうなボリュームなので文化系中年の胃には正直かなりキツかった。率直に言えばそれほどハマらなかった。

 でもなにかの折りに、三津浜商店街で喫茶店を営むタナカド君にそういう話をしたら『じゃあ、ぼくのおすすめのお店へぜひ行ってみてくださいよ』と、この店を教えてくれたのだ。
 「とんとん」の三津浜焼きの特徴は背脂を入れないので、まったくしつこさがない。むしろ、さっぱりしている。
 そして、古いけど清潔な店の佇まい。それプラス、厳格に守られている<禁酒・禁煙>。
 三津浜焼きに対する印象がさほど良くなかったせいで、この”裏切り”はぼくの心にグサッと刺さった。
 それ以来、ぼくはこの店のトリコじかけとなり、ひとりの時はもちろんのこと、友だちを三津に誘うチャンスがあれば『イイ店あるよ〜』と、にわかスカウトマンになって、誰彼となく連れて行くようになったのだ。

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 おばちゃんはむかし洋裁を仕事にしていたが、時代とともに既成品の洋服の値段が下がっていくことに危機感を覚えた。洋裁を辞めて、どこかの会社へ働きに出ることも考えたけれど、『この先、もっとトシ取ったら、仕事ができるかできんかに関係なく、職場の若い人らに疎まれるやろう? それはようガマンできん』と思った。それで、カラダがまだ自由に動くうちに、 独立した商売で生計を立てることに決めた。

 思いついたのは、おばちゃん曰く『三津の人間なら誰でもできる』という三津浜焼きだった。『鉄板さえ買えば、あとは元手がかからない』のも理由だった。
 店舗はもちろんおばちゃんの自宅。誰でも焼けるとはいえ、そこは商売。最初の一週間は近所の人や友だちを招いて、ひたすら台付きを焼く練習をし、オープンに備えた。それが今から23年前、1992年のこと───思ったより最近の話だった。

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 しつこいようだが「とんとん」の見どころは美しい鉄板だけでなく、おばちゃんが粉を溶いたりネギを切ったりしている厨房、いや台所にもある。
 一見、雑然としているけれど、そこら中におばちゃんの美意識が投影されていて、いつも惚れ惚れする。毎日何十枚と台付きを焼いているのに、油汚れもなく、清潔なところも感心する。
 それに、なんといっても機能的なのだ。

 特に驚いたのは包丁の収納術。おばちゃんは切りものを終え、包丁をサッと洗うと、目の前の棚に置いた分厚いマンガ雑誌のページのあいだに包丁を挟んで収納している。なんという知恵!
 これを発見したのは、つい先日「とんとん」に連れて行ったホリベくんの奥さんのミナコちゃんだった。
 ぼくはこれまで何度もお店に行って、台付きが焼けるあいだ、台所もつぶさに見ていたつもりだったけど、まるで気がつかなかった。
 主婦と和菓子職人を両立している彼女には「とんとん」のおばちゃんの一挙手一投足が、ぼくとはまったく違った次元で目に入っていたのだろう。

<追記:たまたまこの前日にアケモドロさんも「とんとん」を訪れていて、まったく同じ質問をおばちゃんにしていたことが判明。アケモドロさんの聞いたおばちゃんの説明によると「最初は電話帳だったけど、薄すぎてマンガ雑誌が都合いい」とのこと。何事にも試行錯誤がある!>

 それにしても、凄いアイディアだ。
 おばちゃんによると、包丁は手入れを怠るとすぐに錆びるし、こうしておけば取り出したい時にサッと取れるし、水気も完全に切れるし……ということであった。
 ちなみに『最近はマンガ雑誌が高くなってねえ』と、おばちゃんはこぼしていたけど、こんなに変な使い道をしてる人に愚痴られても、出版社の人だってきっと困惑するだろう。

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「とんとん」の定休日は5のつく日である。
 一年三百六十五日、月にたった三日のお休みだけで、おばちゃんはひとりっきり働いている。
 去年の夏は熱中症で倒れて、しばらく店をおやすみした。
 たとえ三津に出かける用事がない日でも、今日が5のつく日だと気が付くと、なんとなく気になってしまう。
 まだまだ元気そうなおばちゃんだけど、少しでも長くお店を続けてもらうために、もうちょっと休んでもらっていい、とぼくは思っている。
 5のつく日にプラスして10の倍数の日(「とんとん」だけに)を追加でお休みにしてもらっても、ブウブウ言う人はきっといない。

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とんとん
住所:愛媛県松山市元町8-22
電話:089-953-1870
営業時間:11:00〜18:00(早じまいする時もあり)
定休日:5の付く日

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愛媛県松山市元町8-22